四天の覡(かんなぎ)・巫女(みこ)
火天はシャラシャラとベールの縁に飾られたコイン飾りを鳴らしながら、かれんの元へ来た。
かれんは火天に見とれて何も言えず、ため息だけが漏れる。
『カレン、そなたと過ごせて妾は楽しかったぞ。そなたのうちに秘めた炎、やはり妾の巫女にふさわしい。そなたは永遠に妾の巫女だ。火天となった妾の真名は、【フィアティーヌリベリアンヌ】忘れるでないぞ。そなたを狭間でいつまでも見守ろうぞ』
新たな火天はネックレスから花の形にカットされた石を一つ外し、かれんの手に握らせた。
「炎帝……」
かれんの掌の中で、少し熱を帯びたその石は青から赤へのグラデーションを繰り返しながら輝いている。
『カレン、妾はもう火天だ。炎帝ではない』
苦笑して言う火天に、かれんは込み上げてきた涙を拭って笑った。
「ああ、そうだったね……こちらこそありがとう、火天。あなたと過ごして、私、前よりも強くなれた気がするの。一緒に過ごせて私も楽しかった!あなたのことずっと忘れないよ。大好き!」
かれんがそう言うと、火天は少し照れくさそうに微笑んで姿を消した。
「火天……あなたのこと、忘れないよ」
かれんは呟き、手のひらの石を握った。
地天はゆっくりと志田のところへ進んだ。
「だいぶ変わったんだね……驚いたよ」
驚く志田に地天は口角をあげ微笑んだ。
瞳孔が細い黄色の瞳は、ドラゴンの姿だった時と変わらない。
『サトル、これを……』
地天は腕の部分に装飾された、親指の大きさくらいのひし形をした黄色い石を志田に手渡した。
小さいながらもずしりと重いその石は、地の力を秘めているようで、見ているだけで力が湧いてくる気がした。
石を落とさないようにと、志田の手を地天が包み込む。
そして志田の手を包んだまま、地天は言葉を続けた。
志田は、地天の金の瞳に自分が写っているのが不思議でずっと見てしまっていた。
『どうした、この瞳が珍しいか?』
人の姿ではあるが、瞳孔は縦に細長い、爬虫類のものだ。
「ううん、綺麗だなって……そこに俺がうつっているのがなんだか不思議で」
志田の言葉に地天は表情を和らげた。
『サトル、我はそなたと共にいて……我は四大精霊の中でもだいぶ長く生きてきた身だったのだが、久しぶりに若返ったような心持ちになった。色々なものも共に見れて楽しかった。感謝するぞ』
「地王……いや、地天。俺もあなたと過ごせてとても楽しかった。ありがとう。あなたのその落ち着きが、俺にも備わった気がするんだ。少しのことでも動じなくなれた気がするよ」
志田の言葉に地天は満足そうにうなずいた。
『我が覡サトルよ。地天となった我が真名は、【アルセリアンティグレリオ】だ。そなたをどこまでもいつまでも守り続けよう』
『ありがとう……俺、ずっと忘れない、あなたのこと」
地天は微笑み姿を消した。
『ナイトー!』
新たな風天は両翼をはためかせて市原の周りをクルクルと飛んだ。
『ナイト、見てみて!僕、風天になったよ!すごいでしょ、ふふ、大人っぽくなったでしょ!』
見た目は成長しているのだが、中身はいつもと変わらないので、少しだけ緊張していた市原は拍子抜けしたように表情を崩した。
「かっこいいな、風天!俺もそんな風にはやく大きくなりたいよ」
羨ましそうに市原がいうと、風天はクスクスわらった。
『えー、人間は成長が早いから、すぐボクに追いついちゃうんじゃない?ふふ、ナイトも大きくなるの楽しみだね!』
風天はようやく翼をとめると、市原を抱きかかえた。
「わっ!」
『へへへ〜!今の僕なら、君なんて軽々さ!』
大きくなったのがよほど嬉しいのか、風天は市原を抱えてくるくると回った。
「ちょ、目が回るって!」
『ああ、ごめん、ナイト』
風天は市原をおろし、乱れた髪を整えてやった。
『ナイト!僕ね、君と一緒にいられてとーっても楽しかったよ!ボクの力を最大限引き出して自由に使えるのは多分ナイトだけ!僕の覡はナイトだから、僕のこと忘れたらいやだよ!』
そう言って、風天はブレスレットから石を外して市原にわたした。
市原は手のひらで輝く黄緑色の石を不思議そうに眺めた。
それから風天は真剣な表情をして、でもわざとらしく咳払いを一つした。
『えー、こほん、風天となったボクの真名は、【ヴェンティラーノアランシューティ】覡クン、忘れちゃダメだからね!』
「俺もお前といれてたのしかった。スピリタスカテーナで空飛べたのはとっても楽しかった!お前も俺のこと忘れんなよ!」
市原が差し出した拳に風天も拳を当て、悪戯っぽい笑顔を残して消えていった。
水天となった水皇は、暗い表情で美玲とミアラの元へやってきた。
せっかく綺麗なドレスなのにどうしたんだろう、と美玲とミアラは顔を見合わせ首を傾げた。
『ミレイ、ミアラ……私……水天になるのが怖いの』
水天は目を伏せてぽそりといった。
「怖い?どうして……?」
ミアラが優しく問いかけると、水天は顔を手で覆った。
『水精霊は他の精霊たちより情が深く……簡単に言えば惚れっぽくて重いタイプなの。さっきの先代の水天を見ればわかるでしょ……?私、自分があの水天みたいにならないか不安で……』
片翼を失った時、正気を失いフローのように世界を壊そうとしてしまいそうになるのが怖いのだという。
「ウニちゃん……」
美玲は水天の手を握った。
「大丈夫!水皇はアイツとは違う。もしそうなりそうだったら、あたしが絶対止めるから!」
『ミレイが……ほんと?』
「うん、どんな方法を使ってでも絶対に駆けつけるから!」
美玲たちの世界は他のニ界とは離れているけど、今回のように誰かに召喚してもらえばいい。
ミアラも握る手に自分の手を重ねた。
「もしそうなったら私も協力するわ、ウニちゃん。サシェに美玲ちゃんを召喚してもらいましょう。だから安心して水天になって」
『ミアラ……』
「まあそんなことは絶対ないってあたしは信じてるけどね」
「あら、もちろん私もよ」
美玲とミアラは顔を見合わせて笑った。
そんな二人を見て水天も吹っ切れたのか、クスクスと笑う。
『ありがとう、二人とも。二人は最高の、私の友だちで巫女だわ……これを』
水天は髪飾りから深い青色の石を外すと二人に一つずつ渡した。
それから二人をぎゅっと抱きしめた。
清流のような爽やかな香りがする。
美玲とミアラも水天の背に腕を回して力を込めた。
しばらくして、名残惜しそうに水天「アクア)は身を離した。
『私の真名は、【アクアウーニクスマレリアン】よ。しばらく会えなくなるけど、忘れないでね……!』
「忘れないよ!絶対に」
「また会える日を楽しみにしているわ」
美玲とミアラに微笑むと、水天は水色の光になって消えた。