新たな四天
水天の気配が完全に消えたことで、かれんたちもスピリタス・カテーナを解いて元の姿に戻った。
『皆、よくがんばったな』
『よくぞ、我らの力を使いこなしてくれた』
『キミたちならやってくれると信じてたよ』
『あなた方のおかげで三界は守られたのです』
四大精霊たちからの労いの言葉が照れ臭くて、四人は顔を見合わせはにかんだ。
その時、突然激しい揺れが城を襲った。
「きゃっ!」
「な、なに?!」
突然の揺れにバランスを崩したかれんを抱きとめ、美玲は辺りを見回した。
謁見の間の壁は、大きな揺れのせいだろうか、斜めに大きなヒビが走っているのがみえた。
今まで経験したことがある地震なんか比べ物にならないくらいの強い揺れで、しかもそれは一向におさまる気配がない。
「わぁっ!」
美玲たちはついに立っていられなくなり、頭を抱えて身を守りながらその場に膝をついた。
縦に横にもみくちゃにされるような揺れで、今にも城が崩れてしまいそうなほどだ。
ここは教室ではないから、身を隠す机もない。
謁見の間のあちこちには剥がれ落ちた天井の一部や、割れたガラスが散乱している。
「っうわ!」
「ミレイ!」
一際大きな揺れにおおきくバランスを崩し、かれんから引き離された美玲は、膝立ちのまま倒れそうになったところを、飛んできたフレイズが支えてくれた。
「フレイズ……!」
美玲はフレイズの腕の中に収まり、その懐かしい匂いにホッとした。
「ねえ、いつまで揺れてるのかな……?」
かれんが不安を口にする。
地震ならそのうちおさまるはずなのに、どんなに待っても揺れは続いたままだ。
『この揺れは、四天が全て消えたことで世界の崩壊がはじまったために起きているものだ』
一向に収まる気配のない揺れの中、バライダルが険しい顔で言う。
「えっ、は?世界の崩壊?!」
なんだそれ、と市原が腹立たしげに言う。
「ウソだろ、妖精の国をやっと水天から守ったっていうのに……!」
志田は困ったように腕組みをして唸る。
「精霊王、どうしたらいいの……?」
美玲は精霊王を振り返った。
正直、水天との戦いでだいぶ消耗していた四人には、もう力を出す余裕はない。
また何かと戦えと言われても、難しい。
『なに、簡単な事だ。あらたに四天を作ればいい。そこにいる四大精霊をあらたな四天にするのだ』
美玲たちの焦りを知ってか知らずか、なんて事のないように、精霊王は美玲たちの背後にいる水皇たちを指差した。
四大精霊はこれからすべきことをもう知っているようで、決意のこもった眼差しで精霊王を見ている。
「え、どういうこと……?」
「ウニちゃんたちが四天になるの」
美玲の疑問に、少し寂しそうに目を伏せてミアラが答えた。
四大精霊が新たな四天となり、崩壊しかけた世界を支える柱となれば、この揺れもおさまるという。
だが四天となれば、初めのうちは三界の狭間で世界を支えなくてはならないから、妖精の国にいることはできなくなる。
突然の別れの時間が迫っていることに、美玲たちは驚きとショックを隠せず戸惑った。
しかし揺れはどんどん大きさを増していて、考える時間など1秒も残されていない状況だと言うことは美玲たちにもよくわかった。
『出来るな?』
精霊王の問いかけに、四大精霊は決意を込めた表情で頷いた。
「えっ、風主……?」
『もー、ナイトったらそんな顔しないでよ。元々ボクたちにはわかってたんだよ、こうなることが』
思わず呼び止めた市原に、風主は明るい声で言ったけど、その表情はどこか寂しそうだ。
「わかってたって……どう言うことだよ、風主……」
『四大精霊になったら、いずれは四天になるのが精霊界の定め……これは避けられぬことなのだ』
「でも、いきなりお別れだなんて……!」
炎帝の言葉にかれんが納得いかないと叫ぶ。
納得いかないけれど、四大精霊が四天にならなければ三界の全てが終わってしまう。
それがわからないほど、美玲たちは幼くはない。
『子どもたちよ、すまないが三界にはもう時間がないのだ──』
精霊王は光り輝く巨大な鳥の姿に変化し、鋭い声で一声鳴いた。
『精霊王サシェの名において、現・炎帝、地王、風主、水皇を新たな四天とする』
そう言うと、再び精霊王は一声鳴く。
四大精霊は跪き、恭しく言葉を繋いだ。
初めに口を開いたのは地王だった。
『精霊王のお言葉』
『謹んでお受けします』
『我ら四つの柱となり』
『三界の安寧を支えましょう』
炎帝、風主と続いて水皇が最後の言葉を言うと、精霊王がその光り輝く翼を羽ばたかせた。
精霊王の羽が触れると、四大精霊は光に包まれる。
「ま、眩しい……」
あまりにも眩しくて、四人は額に手をかざす。
正午の太陽の日差しよりももっと眩しい光は、どんどん明るさを増していき、辺りを白く塗りつぶしていった。
やがて光が収まると、四大精霊の姿は大きく変化しており、四人は驚きのため息を漏らした。
炎帝は赤から青への炎のようなグラデーションの髪を下ろし、燃える炎のような赤と橙の石飾りをつけたフロントレットと薄紅のベールが飾られている。
両腕には煌びやかな金銀細工のブレスレットとアームレットが輝いていて、胸元はイヤリングと同じ朱色の花を模したチョーカーネックレスが下げられている。
胸元は複数のビーズとコイン飾りで眩しいくらいで風に靡いてシャラリと涼やかな音を立てている。
腰の周りは太めのベルトで飾られ、シフォン生地のような薄手のスカート。
オリエンタルな衣装に身を包んだ火天はとても美しい。
地天に変化した地王は、なんと人の姿に変化していた。
長い黒髪に金の瞳が印象的な青年の姿で、今までおじいさんのような言葉遣いだったから、人の姿になると若く、こんなにもイケメンだったのかと四人はとても驚いた。
体は黄金の甲冑で覆われ、そこかしこに地晶石が飾られている。
ただし、先程戦った地天と同じく下半身は竜の体で、たくましい足の先にはドラゴンらしい鋭く大きな爪がひかっている。
新たな風天は、以前の風天と同じく、両手が白い大きな翼になり、風主だった時は一番年少のようだった顔立ちも、少し大人びた雰囲気になった。
身を包むふんわりとした生成色のローブの上に、どこかの民族衣装にありそうな幾何学模様の描かれた羽織を薄黄緑色の風晶石で留め、薄緑色のシフォン生地のような透け感のあるストールを羽織り、それはゆらゆらと風に靡いている。
水皇は海のように深い藍色の長い髪をゆるく三つ編みにして、ところどころに真珠のような白い珠をあみこんでいて、それは雨上がりの雫のように綺麗だ。
彼女の身を包んでいるのはミントカラーのマーメイドドレスで、首元は雫型に加工された大粒の深い藍色の石がキラキラと輝いていて、腕にはドレスと同じ色のロンググローブをつけ、それには銀で細かな刺繍が施されている。
四天はとても煌びやかで、迫力があって、言葉では言い表せないほどで、四人はポカンと口を開けて見ていることしかできずにいる。
『新たなる四天、ここに顕現いたしました』
精霊王のまえで、四天を代表して身を低くした地天が恭しく言った。
それに倣い、残り三天も頭を下げる。
悲しさも寂しさも吹き飛ぶほど、それは神々しく美しい光景だった。
『我らが覡巫女たちに真名を与えましょう。元の世界に行っても忘れないで。私たちの真名は、あなたたちを守る力になるから……』
四天になった元四大精霊はそれぞれの契約者の元へ向かった。