水の三重奏(トリオ)
美玲とミアラ、水皇は横一例に並び、トルトの前に立った。
「かれんたちは水天が出てきてしまっても大丈夫なように、トルトさんの動きを止めて!」
「わかった!」
「まかせろ!」
「りょーかいっ!」
かれんたち三人はそれぞれ精霊たちを呼び出した。
「炎帝!」
「地王!」
「風主!」
そして三人は再び『スピリタス・カテーナ』を行い、炎帝たちと一体化した。
「ジャニファさんはそこを離れて」
「しかし……」
「あたしたちを信じて。必ずトルトさんから水天を引き離すから」
なおも離れがたい様子のジャニファに、トルトは微笑んだ。
「ジャニファ、私は大丈夫よ、いうとおりに……」
「はい、お姉様……ミレイ、ミアラ、
水皇……頼む」
ジャニファがトルトから離れると、すぐにかれんたちがそれぞれの力で作った鎖でトルトの体を拘束した。
「……みなさま、頼みます。もう水天を抑えていられません……っ!」
「大丈夫です、私たちがおさえますから!」
かれんが自信ありげに言うと、こくりと頷いてトルトは目を閉じた。
『ようやく大人しくなったか……これは?!な、何をする……っ!』
次の瞬間、トルトの体の支配権を取り戻した水天の驚きの声が、彼女の口をついて出てきた。
水天は身を捩って拘束から抜け出そうとするが、できないようだ。
「おい、暴れるなよ」
「大人しくしてください!」
「その体、いい加減トルトさんに返してもらうからな!」
『おのれ……!』
忌々しそうに水天は激しい憎しみの目を自分を拘束するかれんたち三人に向けた。
『水天……あなたがここまで堕ちるとは、残念です』
水皇は俯き、首を振った。
『貴様ら、まさか、まさか……っ!』
何かを悟った水天がわめく。
「それじゃあ、いくよ……!」
だがそれをキッパリと無視して美玲が言うと、ミアラと水皇がうなずいた。
水天がやめろと何度もわめいているけれど、放って美玲は口を開いた。
「水癒唄三重奏」
出だしはテンポをとる水皇から。
12拍おいてから、主旋律を奏でるミアラと副旋律を担当する美玲も弦を弾く。
美玲は決まった三本の弦を弾くだけの簡単なものだが、弦は強めに弾かないと音がしっかり出ないので、丁寧に、力強く弾いていく。
やがて旋律が重なっていくと、水色の光と透明な水玉が宙を舞い始める。
『ヤメロ、ヤメロォオオオッ』
水天がなりふり構わず身を捩り、わめく。
だが三体の精霊たちの力で拘束された身はそう簡単には自由にならない。
力を失いかけている水天を拘束するのは、四天の力を得た炎帝たちには簡単だった。
『貴様ら、儂が消えたら世界は崩壊する、それでもいいのか!』
『そんなのわかった上でやっているに決まっておろう?安心するがいい、妾たちが新たな四つの柱となり世界を支えよう』
『上級精霊になった時から、ボクたちは覚悟を決めてきたんだから』
『今更何を言う、としか……あなたもかつてはそうだったのでしょう?』
炎帝たちの言葉に水天は悔しそうに睨みつけることしかできない。
やがて、トルトの凍った腕に、ヒビが入る。
一つの亀裂が大きく伸びて、全ての氷が砕けて杖が顕になった。
水癒唄の効果で、氷によってつけられたトルトの腕の傷はあっという間に癒されていく。
(もう少し……もう少し)
美玲は一つ一つの音をゆっくりと丁寧に奏でていく。
テンポは早くない。焦らなければ大丈夫。
美玲は額に汗をかきながら、集中力を高めた。
『ぐぬぅううううっ!』
水天がうめく。
杖を離すものかと、凄まじい形相で手に力をこめている。
『離さぬぞ、はな……さぬ……っ!』
しかしそれももう限界のようだ。
「ジャニファさん、今だよ!」
「わかった!」
美玲が声をかけると、ジャニファは素早く水天から杖を奪い、先端の宝珠を床に叩きつけた。
甲高い破裂音が謁見の間に響く。
宝珠のかけらは粉々になり、謁見の間に散らばった。
『なんということだ……』
絶望感が漂う声で水天がつぶやいた。
宝珠が破壊されたその同時刻、常夜の国。
バライダルはユンリルの手を握り、その寝顔を祈るような気持ちで見つめていた。
妖精の城で子どもたちが水天から彼女の力を取り戻すと約束してくれたが、それまでユンリルの体力が持つかどうか。
バライダルとユンリルには綱渡りの時間だった。
その時、どこからか飛んできた光の粒子が、ユンリルを包んみ出した。
「これは……?」
あまりの眩しさに、バライダルは目を手で覆った。
薄暗い常夜の国が、かつてないほどの光で満たされていく。
その光は池の蓮の葉で眠る妖精たちの元にもひろがっていた。
やがて、ユンリルはシラギリの森で眠っていた時のように、繭に包まれはじめた。
『ユンリル殿……っ!』
それでもバライダルは繋いだ手を離さなかった。
離せばバライダルからの魔力供給が止まり、ユンリルが消えてしまうかも知れなかったからだ。
『なに……っ』
バライダルは驚きの声を上げた。
嬉しい驚きだった。
光の中で繋いだ手を、ユンリルが握り返してきたのだ。
弱い力だったが、確かに握り返されたその感触にバライダルの鼓動が早まる。
大丈夫だと言うように、ユンリルの手が解け、繭の外へと優しく押し返される。
それから光る繭にヒビが入り、光が漏れ出した。
その光とヒビは段々と大きくなっていき、バリバリと剥がれ落ちていく。
『ユンリル殿……っ!』
『どうした、この光は一体何が……っ?』
精霊王が何事かと飛び込んでくる。
『そうか、ミアラと子どもたちは……ついにやったのか』
精霊王はユンリルの繭をみると、安心したようにつぶやいた。
『こうしてはおれんな』
他の妖精たちも目覚め始めるだろう。
精霊王は踵を返し、妖精たちが眠る蓮の花のしげる池へと戻って行った。
しばらくすると繭は完全に崩れ、中からユンリルが現れた。
水天に奪われ、宝珠に取り込まれていた艶やかな髪は元の長さに戻っている。
『ユンリル殿!』
「バライダル殿……」
『よかった、よかった……っ!』
バライダルはユンリルを、きつく抱きしめた。
杖の宝珠は破壊された。
これで、水天に奪われたユンリルの魔力も、妖精たちの記憶も力も全て戻るはずだ。
『おのれ……おのれぇええっ!』
宝珠を失い、力も失った水天は怒り狂った。
残るはトルトの体を取り戻すだけ。
『大人しくせよ!』
拘束から逃れようと暴れる水天を地王がたしなめ、水天を拘束する力をさらに強めた。
「さあ、一気に行くわよ、美玲ちゃん、ウニちゃん!」
「うん!」
『ええ!』
ミアラの号令に、美玲は頷いて、より一層弦を弾く指に力を込めた。
音は段々と大きく、そしてテンポを早めて。
トルトの体から出ていけ、と力と思いを込めて音の波を水天にぶつけていく。
やがて美玲が持っている、水晶石で作られたハープが輝き始めた。
『ぐぁああああっ!』
「往生際が悪いですわよ、水天様!」
ミアラが言うと、水天は恨めしそうに睨みつけた。
言葉を発する余裕はもうなさそうだ。
一際大きな音が三重奏で奏でられ、大きな波となり水天にぶつかって行った。
ドンっと大きな音がして、トルトの背後から水天が弾き飛ばされた。
素早くジャニファが動き、水天が舞い戻らないよう、まだ意識が戻らないトルトの体を守るように立つ。
『このまま……このまま消えてなるものか!』
水天は叫ぶと、大きく飛び上がった。