ジャニファの絶望
ジャニファが振るった、雷を纏う剣を水天は正面から受け止めた。
至近距離で視線がかちあい、ニヤリと水天が笑う。
「なっ……!くっ」
まさか受け止められると思わなかったジャニファは驚いたものの、すぐに気を取り直し距離を取る。
「はぁっ!」
今度は鞘をベルトから外し、剣と鞘の二刀流で向かう。
矢継ぎ早に繰り出されるジャニファの剣撃は全て水天の杖に防がれ、切先がその体に届くことはなかった。
「遅い!」
水天の突きを、ジャニファは剣と鞘を交差して防ぐが、衝撃を受け流しきることができずに吹き飛ぶ。
「ジャニファ様っ!」
「くっ……おのれ!」
羽根を動かし、壁にぶつかる前に体勢をととのえる。
『先程までの威勢はどうした?かすりもしないではないか』
嘲笑うかのように水天が言う。
ジャニファは肩で息をつきながら、悔しさに唇を噛んだ。
「烈光線!」
ジャニファが唱えると、光の矢が水天の頭上に降り注ぐ。
「フン、この程度か」
水天は杖を掲げて光の矢を消そうとした。
その時、距離を詰めたジャニファに気づいて水天は矢を消すのを諦め、ジャニファの剣を防ぐことにした。
甲高い音がして、ジャニファの左手に持った鞘が弾かれ、床に落ちる。
鞘はくるくると回転しながら壁際まで転がった。
武器を一つ失い、ジャニファは痺れの残る左手を振った。
「なかなか考えたではないか」
危なかったぞ、とジャニファの剣を杖で受けとめたまま水天が笑う。
「お前をお姉様の体から引き離すんだ、お姉様の体を返してもらうまで、私は諦めない!」
雷を纏わせ刀身を伸ばし、力を加え、振るう。
水天はそれをくるりと身を翻して受け流すと、何かを考えるように視線を上に向けた。
『そうそう、お前は姉のことを慕っているようだが、姉はそうではなかったようだぞ』
サラリと髪をはらい、杖をくるりとひと回ししてからタンと床を突き、水天は意地の悪い笑みを浮かべ目を細めて言った。
「何を……貴様になにがわかる!」
『わかるさ。一体となった時記憶も全て把握したからな』
「……っ」
飛びかかろうとするジャニファに、杖の先を向け待てと静止する。
「くっ、何……?」
突然、ジャニファは何かに縫われたように動けなくなった。
目を凝らすと、ジャニファの体にまとわりつく細い透明な糸のようなものが見えた。
『水の糸だ。動けないだろう?……いいことを教えてやろうと思ってな』
ミアラも同じようで、身を捩っている。同じように拘束されているのだろう。
「お前と話すことなどない!」
水の糸を雷撃で消そうとしたジャニファだが。
『この妖精トルトが儂の封印を解いた経緯を知りたくはないか?』
「な、に……?」
その言葉にぴたりと動きが止まった。
『なぜ、お前の姉が封印の祠に来て、儂の呼びかけに応じたのか……』
「ジャニファ様、聞く必要ありませんわ!」
ミアラが止めようと声を張り上げる。
水天はジャニファを揺さぶり戦意を失わせるつもりなのだろう。
「ああ、わかっている……」
わかっているけど……気になる。
封印の祠は近づいてはいけない、触れてはいけない、というのが全妖精共通の認識だった。
あのトルトがその禁を犯すとはどうしても思えなくて。
『知りたいか』
ジャニファは唇を噛んだ。
ジャニファはトルトが禁を犯した理由が知りたくて、妖精の国のあちこちをこっそりと探っていたのだ。
ジャニファの表情からそれを読み取り、水天はニィと笑い、勝手に話し始めた。
「水天様……っ!」
『お前たちは仲の良い双子だったみたいだな。だがそれが変わったのは、お前が記録官に選ばれた時──」
トルトの声で語られる言葉に、ジャニファは表情を変えた。
「水天様!」
ミアラが何度も止めようとするが水天は止まらない。
『お前たちは幼い頃から記録官になるために共に努力してきた。そのお陰で雷、氷、虹、星と言った使い手の少ない希少な術も身につけることができた……』
「そうだ。この力さえあれば妖精の国を、新たに即位された女王陛下をお守りできるとおもったからだ。お姉さまは私より武芸も達者で、全てに秀でていた」
トルトはジャニファの憧れだった。
優しく、美しく、賢い双子の姉が大好きで、自慢だった。
「私はお姉様と離れたくなくて、同じ場所にいきたくて……私も記録官の試験勉強をしていたんだ」
「ジャニファ様……」
水天は肩をさげ、首を左右に振った。
『トルトはそれが疎ましかったのだ。いつも、なんでも自分の真似をし後をついてくる、お前が』
そう、険しい顔をした水天はジャニファを指差していった。
見た目はトルトだから、ジャニファを傷つけ戦意を失わせるには十分な仕草と言葉だった。
「そんな……そんな嘘だ!!嘘……だって、お姉様は……お姉様は……っ」
ジャニファの手から剣が落ちる。
その昔、ジャニファとネフティがまだ遊んでいる横で、遊びもそこそこにして修行するトルトがいた。
ジャニファはそれに気づいて、姉に置いていかれないようにとギャン泣きするネフティを放ってトルトの修行に参加したものだ。
(疎まれていたなんて……)
あんな優しい笑顔で受け入れてくれていたのに、その裏では正反対のことを思っていたなんて。
「ジャニファ様、しっかりしてください!あれは水天様であなたのお姉様ではありませんわ!」
ミアラの言葉は届いているのかいないのか、ジャニファはうつろな表情でぽつりぽつりとつぶやく。
「……お姉様は言ったんだ。私に記録官決定の通知が来た時……“おめでとう、よく頑張ったわね。姉として鼻が高いわ”と。でも……」
水天の言う通りなら、姉の本心は違ったのだろう。
『お前に負けたトルトは、悔しくて悔しくて、だがお前にそんな気持ちを悟られまいと、気持ちを落ち着かせようと森に入った』
「そこで水天様と出会ったのですね」
ミアラの言葉に水天が頷く。
『儂が声をかけると、あれは喜んで封印を解いてくれたぞ。そこからは……お前もよく知っているだろう?』
くつくつと喉で笑いながら水天は言葉を続け、ゆっくりとジャニファに近づいていく。
そしてジャニファの羽根を掴み、杖をその根元に向けた。
ミアラは恐怖した。
水天は再びジャニファの羽根を奪おうとしているのだろうか。
戦意を喪失したジャニファは抵抗しない。
「ジャニファ様、ジャニファ様しっかりして!」
ミアラの呼びかけにも反応しない。
『トルトはお前の髪と羽根を奪い、念願の記録官の地位を奪ったのだ!このように、な!』
「それは違います!」
間髪入れず飛んできた、否定の声。
そして。
「水晶壁!」
ジャニファを守るように水晶の群れが床を突き破り、水天を引き離した。
ミアラはあたりを見回し、見つけたその声の主は──。
「カレンちゃん、みんな!」
三天との戦いを終え、合流した四人だった。