スピリタス・カテーナ④
今回も百合描写っぽいのがありますので苦手な方はご注意ください。
収拾がつかなくなったのを見て、風主と地王も出てきたのだろう。
『炎の女帝よ、少し落ち着け。水の女皇も。今は言い合いをしている場合ではない』
『そうそう、二人がそんなんだからホラ!』
市原の体を借りた風主が指差した先では、三天が意識を取り戻し身を起こしていた。
それを見て、炎帝は顔を曇らせた。
『すまない、せっかくのチャンスを棒に振ってしまったか……水皇と話すのが楽しくてついうっかり……なあ、水皇?』
『わ、私のせいっていいたいの?!あなたが絡んできたんじゃない!』
『ああ、怒った顔も魅力的だこと、ふふ』
『〜〜〜〜っ!』
炎帝はとろけるような笑みを浮かべ、水皇は口をわななかせる。
何かを言えば揚げ足を取られるのは想像がつくので、水皇は炎帝を睨みつけるだけにしたのだが、それすら彼女を喜ばせることになるのがわかり、水皇は頭を抱えた。
また言い合いに発展しそうな雰囲気を察した風主が二人の間に入って距離を取らせた。
『もー、だからいい加減やめなってば!』
そんなやりとりをしていると、三天がまた術を放った。
轟音をたてて炎と風と岩が束になって向かってくる。
だがそれを見もせずに、水皇たちは腕を一振りしてそれらを弾き返した。
それから、水皇は風主の背後から、キッと炎帝を睨みつけた。
『……やってやるわよ』
『ん?何?』
『あなたとの合体技、やってやろうじゃない』
背景に荒波が見えるほどの水皇の決意に、炎帝は顔を輝かせた。
『そうか!では二人のはじめての共同作業だな!受け入れてくれて、妾は嬉しいぞ』
『か、勘違いしないでよね!あくまでも、三天をたおすためだけよ!!』
『それでも良い。まずは第一歩だからな』
『ていうかボクたちもいるんですけどー?それに、これからやる秘技のとどめをさすのはお爺ちゃんだし』
まーたふたりのせかいだよ、とやさぐれたように風主が唇をとがらせた。
『まあまあ……どうした、炎の女帝よ』
『すまない、老公。実のところ、……妾は怖いのだ。操られているとはいえ母のような、姉のような火天と戦うのが……』
怖気付いて、少し現実逃避をしてしまったのだと炎帝は笑った。
『ちょっと、現実逃避ってやっぱり……っ』
『ああ、違うぞ。水皇との会話は妾の癒しなのだ。話せば話すほど、妾は癒される。見つめるだけでも良いがな』
『──っ!』
『今の妾には癒しが必要なのだろう。精霊の身ではできない、人の身を借りて、そなたに触れられることのできる、この喜びを知って……』
炎帝に髪の毛をサラリと撫でられ、水皇は顔を真っ赤にしてその手を払い、顔をそむけた。
“天”は精霊たちにとっては絶対の存在。父であり母であり姉であり兄である。
その存在を自らの手で消さなければならない恐怖と悲しさ。
『何、皆同じじゃ。だが操られている地天らをこのままにしておくわけにもいくまい。誰かが解放してやらねば』
『そうそう、その役目は後継のボクらがやるべきなんだよ』
知らないうちに誰かに始末ををつけられるより、自分たちがけじめをつける方がずっといい。
『怖いのは皆一緒でしょう。おかしなことではないわ。……私だって水天とたたかうのはこわいわよ』
三天との戦いの後は水天とも戦わなくてはならない。
この戦いは水皇たちにとっても正念場なのだ。
『あのような姿を晒すのは、地天らも望んでおるまい……はやく楽にしてやろう』
『そうだね、ボクたちが四天になるから大丈夫ってところ、見せないと!』
『そうだな』
『ええ!』
会話の最中にも三天は攻撃をしてきているが、それをことごとく退けることができているのも、以前風天から預かった三天の力と水天の耳飾りのおかげだろう。
だが同程度の技では打ち消しあうことしかできない。
『子どもたちに託そう。妾たちの力を』
炎帝の言葉に頷いて、精霊たちは意識を美玲たちと交代した。
「──よし、それじゃあ炎帝の作戦どおりにいくよ、美玲!」
「うん!」
炎帝がずっとやってみたかった技で三天をまとめてたおす作戦。
それは、水と炎を合わせて発した蒸気を三天の周りに発生させ、それを風主が三天ごとまとめて凍らせ、地王がそれを破壊する、というものだ。
うまく連携をしないと三天に逃げられる可能性がある、息を合わせた呪文の発動が肝だ。
しかも、三天の動きを封じるための氷は大きく分厚いものでなければならない。
水と火の力はたくさん必要だ。
そのため集中して身に纏った衣装に飾られてある多数の精霊石からより多くの力を引きださなくてはならない。
ぶっつけ本番の一発勝負。はてしてできるだろうか、と不安がないわけではない。
そんな美玲の気持ちを感じ取ったのか、かれんが大丈夫だというふうに、身の手を握り微笑んだ。
「私たちならきっとできるよ!悟君たちも、準備はいい?」
かれんが志田たちを振り返って言うと、二人は大きく頷いた。
「地王から話は聞いている。任せろ」
「俺も!全力でいけるぞ!」
「まずは私と美玲が準備するから、二人は三天を引きつけて」
「わかった」
志田は術を放ってきた三天の攻撃を防ぎ、市原は翼を動かし空中から三天を狙う。
作戦通り、三天は志田と市原に攻撃のまとを絞り、美玲たちは
セイレーンが美玲に語りかけてくる。
(ミレイ、精霊と一体化したら詠唱は必要ないと言ったけれど、それぞれの精霊が一つだけ持っている大技を使うときは、詠唱をするとその威力を上げることができるの)
(そうか、だから三天は呪文を唱えていたんだね)
(そう。だから今唱える呪文は、こうよ……)
「セイレーンブルーインパクト!」
「イフリートルージュフレア!」
それぞれの掌から放たれた、渦巻く水と逆巻く炎がぶつかり合う。
たくさんの力を注ぐ。
もっと、もっと。
もっとたくさん。
三天を閉じ込めるための大きな氷を作るために。
ぶつかり合う水と炎は、大きな音を立てて蒸気となり、三天のまわりに立ち込める。
「今だ、ジンヴィヴァーチェアスプラメンテ!」
その蒸気を、風主の力でまとめて急速に冷やし、荒ぶる風に乗せて氷の嵐に変化させた。
三天らは身動きが取れなくなる前に散開してそれを避けようとしたようだが。
「逃すかっ、ランドグランドロンド!」
志田が両手を拳にして、床に叩きつける。
三天を囲むように黄水晶が隆起し、彼らを閉じ込め逃げ道を塞いだ。
そのうちに三天はあっという間に氷に閉ざされ、動けなくなった。
「ナイス命中だな、志田!」
「ちょっと作戦が変わってしまったがな……」
「じゃあとどめはみんなで!」
かれんの言葉を合図に、四人はもう一度同じ魔法を発動させた。
放たれた四つの力が合わさり、凍る三天へとまっすぐ飛んでいく。
眩い光が迸った一瞬ののち。
三天はそれぞれの色の粒子となって、サラサラと消えていった。
三天との戦いがようやく終わり、四人は深く深呼吸した。
同時にスピリタス・カテーナも解除され、元の姿に戻った。
精霊たちも、四人の背後で三天の最期を見届けた。
『火天姉さま、妾たちが必ず、三界を守って見せます……』
『ボクたちを見守っていてね、風天』
『我が母にして姉、地天よ。安らかに』
『皆さま、我が父であり兄、水天の落とし前は必ずや……』
精霊たちはそれぞれ決意をつぶやき、彼らを見送った。
「まだ終わっていない。早くジャニファさんたちのところに行こう!」
四人は頷き、ジャニファとミアラの元へ駆け出した。