スピリタス・カテーナ③
今回、百合的な描写があるので苦手な方はご注意ください。
かれんたちのところに着くと、ほぼ勝負はついているように見えた。
岩の壁で動きを封じられた三天が、炎に巻かれている。
熱いとも痛いとも何も感じていないような無表情をして、ぼんやりと突っ立っている。
「遅れてごめん!二人とも、大丈夫?」
美玲が声をかけるとかれんが嬉しそうに振り向いた。
「来たわね!さっさと片付けましょう!!」
「二人を待っていた。早く本命の水天を倒さんといかんからな」
火天が腕を振ると三天を囲む火が消え、地天が足を踏み鳴らすと岩が消えた。
無表情だったのはダメージがなかったからだったようだ。
「ふむ、同じ属性同士だと吸収されてしまうのか」
「ずっと同じ顔してるからわからなかったわ……」
志田の分析に、かれんは悔しそうに言った。
「全員揃った今なら、多分大丈夫だろ!さっさと片付けようぜ!」
市原がそう言ったときだった。
『フィアルージュフレア』
火天が手のひらを向け唱えたのは。
『ヴェンティヴィヴァーチェアスプラメンテ』
加えて、風天が風を巻き起こし、炎の嵐が向かってくる。
それは凄まじい速さで、呪文を唱える間などない。
水皇は呪文を唱えなくても魔法が使えるようになるって言っていたけど……!
(とにかく、なんとか守らなきゃ……っ!)
美玲は夢中で手のひらを前に出した。
「永倉大丈夫だ、俺も一緒に護る」
「志田……!」
隣に立つ志田に頷き、美玲が炎を防ぐイメージすると水の鏡が現れ、志田の作り出した黄水晶の壁と一緒に炎の嵐を防いだ。
「市原君は、今から私と攻撃に出るよ!」
「え?お、おう……でもどうやって?」
「あの壁を越えるのよ!」
「え……あれを?!」
結構な高さの壁をどう越えるというのだろう。
壁を消したら炎の嵐が流れ込んでくるし……と
「市原君は翼があるでしょ。私は……走るっ!」
「えっ?????」
戸惑う市原を置いて、かれんは駆け出した。
「ちょ、久瀬?!」
「火天と風天の攻撃を止めないと何もできないでしょ、動けるうちらが行かないと!さ、早く!」
急展開についていけない市原を置いて、かれんは駆け出した。
「悟君、肩貸してね」
「いくらでもどうぞ」
「かれん?!?!」
美玲は目玉が飛び出すほど驚いた。
かれんが志田のことを名前で呼ぶなんて。
それに志田もすんなり肩を差し出すなんて、と美玲がポカンと口を開けているうちに、かれんは軽い足取りで志田の肩を足場にしてトトトッと黄水晶の壁を駆け上がりその天辺に仁王立ちした。
二天の後ろに控えていた地天が、かれんに気づいて腕を振り上げ術を発動させようとしたが……。
「遅いわ!」
かれんは叫ぶと大きな火球を複数作り出し、放った。
地天は炎の球を受け、反撃する間も無く倒れた。
遅れて追いついた市原に、かれんは指示を出す。
「市原君は風天と火天をなんとかして!」
「わ、わかった!」
力をどう使えばいいのか、市原の内に居る風主がイメージで教えてくれる。
市原がそのイメージ通りに腕を薙ぐと、激しい突風が巻き起こった。
真上から不意打ちにそれを受けた風天と火天はバランスを崩して吹き飛び、地天が倒れているところまで転がった。
炎の嵐が消え、目の前が開ける。
もうもうとした埃が晴れると、壁際で塊になっている三天が目に入った。
そこへかれんと市原が一足先に三天の元へ駆けて行く。
「俺たちもいくぞ、永倉」
「う、うん!」
美玲は、志田と一緒にかれんと市原がいる場所まで走った。
「さぁ、一気に終わらせよう!」
二人の到着にイキイキとしてかれんが言う。
「そうだ美玲、私試してみたいことがあるの」
かれんは手をパチンと鳴らして首を傾げた。
「試してみたいこと?」
つられて美玲も首を傾げる。
「うん、炎帝の力と、水皇の力を合わせた技!」
「え……でも水と火で正反対の力だよ。打ち消し合っちゃうんじゃ……」
「炎帝が、どうしても試したいんだって。大好きな水皇と技を合わせてみたいって」
(炎帝が、私を大好きですって?)
よほど驚いたのだろう、ひっくり返った声でセイレーンが美玲の頭の中で叫んだ。
その様子がおかしくて、美玲は吹き出した。
(変よ……だって、炎帝は私のことをいつもからかうようなことばかり言って……そうよ、きっと今のもからかっているんだわ!美玲、そうよね?!)
(でもこの状況で冗談とかからかうとかは考えられないけど……)
(だってそんな、ありえない……)
ブツブツと水皇が美玲の頭の中で呟いていると。
『水皇』
唐突にかれんの口をついて出てきたのは、聞いたことのない、低めの女性の声──炎帝の声だった。
『妾の気持ちを信じてもらえぬのか?』
炎帝はかれんの体を使ってしゃべっているのだろう。
心底残念そうに、悲しそうに言う。
『当然よ!私のことが大好きだなんて、だってそんな……悪い冗談でしょう?!』
今度は美玲の口から高めの水皇の声が言葉を発した。
(こんな言い合いしてる場合じゃないのに)
二人の言い合いに、美玲はため息をついた。
幸い、三天はまだ意識を取り戻していないのか、動かない。
『先ほども言ったではないか。妾は其方のことが好きだと』
『言ってたけど、あれは冗談だとばかり……』
『妾のことがそんなに嫌いか?妾が火の精霊だから?』
『べ、別に好きになれないってだけで嫌いってわけじゃ……大体、あなたこそなんで水の精霊の私を好きだなんて……』
『理由が必要なのか?』
『……あるのなら聞きたいわ』
水皇が言うと、炎帝は顎に指を当て、視線を斜め上に向けて考え始めた。
『ホラ、すぐ答えられないじゃない。やっぱり冗談だったんでしょ……』
『いや、ありすぎてどこから言ったら良いのかわからなくてな……まずその声、涼やかで耳触りがいい。それから仕草が乙女らしく可愛らしい。あとは透き通った瞳。それから……』
『も、もういいわよ!!なによ、もう!』
『確かに妾とそなたは正反対だ。火と水だからな。だが正反対だからこそ、惹かれるのかもしれん』
『かもって……』
『妾にもよくわからんのだ。そなたは妾の目を惹く。惹いてやまない。ずっとそばにいて、妾の目に入れていたいし、其方の瞳に妾だけをうつしていてほしいと思ってしまうほどに』
『……っ』
じっと炎帝に見つめられて、水皇は赤面し、顔を背けた。
『其方は違うのか、水皇』
『そんなの、いきなり言われてもわからないわよ……困るわ……考えたこともないし……』
水皇は困ってぽそりと呟いた。
『まあ妾たちが四天になれば、今とは違って共に過ごす時間が増えよう。ゆっくり時間をかけて、お互いの気持ちを知り関係を育てていくのも良いと思わぬか?』
かれんの体を借りた炎帝は、満面の笑みを浮かべて水皇を宿す美玲に近づいた。
『か、かかかっ関係を育てるって……っ』
『はいそこまで!いつまで二人の世界作ってんの!てゆーか気が早いよ炎帝』
その時、二人の間に割って入ったのは市原──ではなく、風主だ。
『そうじゃぞ。我らが四天になるにはまず、あの三天とあちらの水天をどうにかせねばなるまいて』
呆れたように志田……地王が言った。