スピリタス・カテーナ②
かれんが炎帝と一体になったとはどう言うことだろう、と三人が首を傾げていると、今度は水皇が現れ、風主の隣に立った。
『炎帝は精霊界に伝わるスピリタス・カテーナという秘術を使い、カレンと一体になり、詠唱なしで火の元素を扱えるようにしたのです』
かれんは炎を纏った拳で岩礫の雨を打ち砕きながら三天へ向かい既に駆け出している。
「つまり、かれんは炎帝になったってこと?」
『一時的に』
美玲の問いかけに水皇は頷いた。
単身三天のもとへと駆けていくその勇ましさは、普段のかれんからは想像もつかない姿だ。
『サトル、今は三界にとって一刻を争う時じゃ。其方が望むなら、我は同じく其方と一体になり、かれんのように力を与えようぞ。其方は望むか?我の力を』
「もちろん、あいつらに勝てるのなら!!」
間髪入れずに志田はうなずいた。
『危険だとは思わぬのか?』
「勝たないと三つの世界は消えてしまうんだろう?それなのに危険とか、そんなの考えてる場合じゃないし、それに……」
そう言って志田は突っ走るかれんへ視線を向けた。
『カレンが気になるのか?』
地王の言葉に、志田は表情を引き締めて顔を上げた。
「いくら強くなっても一人じゃ三天を倒せないだろ。久瀬が危ない目に遭う前に助けたいんだ。頼む、地王俺に力を貸してくれ!」
『承知した。我の力、受け取るがいい!』
志田の言葉に満足そうに頷いた地王は、後ろ足で立ち上がり、前脚を振り上げた。
そして、それを思い切りふりおろして、溶けるように志田に重なり消えた。
「志田……大丈夫か?」
「あ、うん……っ!」
市原の問いかけに応えている途中で、黄色の光に包まれた志田は、光が収まるとその姿はやはり変わっていた。
髪の色は明るい茶色、瞳の色は金色だ。
衣服の上から黄金色に輝く鎧を纏い、腕にはゴツゴツとした籠手、足の部分には地王の足のようにたくましい脚絆。
腰には鎧の無骨さとは対照的な、薄桃色の布が斜めにかけられていて、一輪の花の飾りで留められている。
そして頭には牡牛のツノを模したサークレットが飾られ、地王の力が溢れているのか、黄金色に輝く志田の姿は神々しさもある。
「俺は先に行く……!」
地王の影響だろうか、どこか佇まいもどっしりと落ち着いた、大人びた様子に変化した志田はそう言うと、かれんを追い三天の元へ駆けて行った。
『君たち二人はどうだい?君たちも、ボクたちの力を求めるかい?』
風主と水皇が二人を見つめて問いかけた。
「もちろん!」
市原は食い気味に応え、美玲は決意を込めた目で頷く。
『でもあなた方はまだ子ども……私たちの力に耐えられるかどうか心配なのよ。かつてこの技を使った巫女たちは皆成人した大人だったから……』
水皇と風主の心配そうな瞳を見て、美玲と市原はその深い思いやりに嬉しくなった。
二人は顔を見合わせ、頷き、二体の精霊をまっすぐ見上げた。
「ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫だよ。なんだかよくわからないんだけど、大丈夫だって思うの……きっと、あたしたちなら大丈夫だって」
『ミレイ……』
「それに、操られている三天を解放してやらないとな!」
『ありがとう、ナイト』
風主は少し震える声で目を潤ませ、笑顔で言った。
三天は、精霊たちの兄姉のような存在。
操られたまま、戦わなくてはならないこの状況は彼らにとっても辛いものだろう。
「だからお願い、あたしたちにも!」
「その力を使わせてほしい!」
二人の言葉に、水皇と風主はお互い顔を見合わせ、頷いた。
先に口を開いたのは風主だ。
『わかった……ナイト、ボクの力をキミに託すよ。キミなら……キミたちなら、この大変な事も軽やかに吹く風のように乗り越えられるはずさ!』
風主は市原に向け、両手を広げて飛びついた。
そのまま市原に重なるように消え、代わりに市原が黄緑の光に包まれた。
『ミレイ、私も覚悟を決めて託すわ、この全てを清める水皇の力を!』
水皇の姿が大きくなり、美玲に重なる。
ザアッという音と水に包まれる感覚がして、美玲は青い光に包まれた。
体の隅々に力が行き渡るのを感じ、それを受け入れようと美玲は体の力を抜いてその水の力に身を委ねる。
やがて二つの光が消えると、かれん達と同じように二人の姿は変化していた。
それは一瞬のことだったけれど、休息をとるのに十分な時間をとったくらい長く感じた。
おかげで三天に苦しめられ疲れ切っていた体力も回復していた。
二人はゆっくりと目を開き、自分の体をまじまじと眺めた。
まるで自分の体だけどそうではないような感覚。
内側に別の存在が確かに感じられるが、違和感はなく安心感だけがある。
美玲はまじまじと自分の掌を見た。
指先にジワジワと力が集まってきているのを感じる。
内側から溢れてくる力をどう使えばいいのか直感でわかる。
「これが、スピリタス・カテーナ……」
自身が精霊と同化し、精霊そのものと同じ力を振るうことができる秘儀。
今なら、三天にきっと勝てる。
そんな確信が美玲の中にあった。
そして美玲と市原はお互いを見た。
「大丈夫か?」
「うん……」
市原の着ていた衣服は風主と同じような、まるで天使が着るような衣服に変化していた。
髪の毛は金色、瞳の色は緑色と風主の双子にも見えるような姿だ。
腰の辺りは緑色のグラデーションが美しい、尾羽のような長い羽飾りと、風晶石のアクセサリーが散りばめられている。
そして一番驚いたのは、風主の背にあった翼と同じものが市原の背にもついていたことだ。
「すごい、空を飛べたりするのかな……」
「多分……」
そう言って市原が翼を動かすと、予想通り、その体は浮いた。
「わっ、すごい、天使みたい!」
思わず手を叩いていうと、市原は照れ臭そうに頭をかいた。
美玲の方はと言うと、髪の色は水皇と同じ深緑色で、連なる真珠の髪飾りが輝いている。瞳の色は深海のような藍色。
今まで着ていた白のバルーンキュロットは深い藍色をしたオフショルダーマーメイドラインのミニ丈ワンピースに変化していた。
(スカートなんて久しぶりだな……なんか落ち着かない)
腰の辺りには金魚の尾鰭のような形をした薄く柔らかな生地で出来た朱色の大きなリボンが飾られており、袖口は柔らかな生地でフリルが飾られ、それはVの字型になっている。
「永倉も、いつもと違ってその、か……似合ってるぞ」
「あ、ありがとう……」
(もー、ナイトったら……素直に「かわいい」っていえばいいのに。たった四文字だよ?)
市原の頭の中に風主の言葉が聞こえてきて、余計な言葉が出てこないように市原は口をきつく締めた。
突然、大きな爆発音が聞こえてきた。
「な、なに?」
見ると、志田が大きな岩の波を作り出し、かれんがその岩の波を駆け上がりながら多くの火球を作り出し、三天に向けて放っていた。
爆発音は岩の波と火球の破裂する音だったようだ。
「俺たちも急ごう」
「うん、行こう!」
美玲はうなずいて市原と一緒に三天の元へ駆け出したのだった。