精霊達の話合い
かれんと志田の二人は地天のはなった岩石の群れを懸命に打ち落としていた。
志田が壁を作りそれらを粉砕し、降り注ぐかけらをかれんが炎の矢で撃ち落としていく。
そうして、なんとかすべてを凌いだ頃。
謁見の間に散る瓦礫を乗り越え、美玲と市原がようやく合流した。
美玲たちを追ってきた火天と風天も地天の両脇におさまる。
そして、三天は鈍く光を放ち始めた。
「志田、大丈夫か」
「なんとかな」
「みんな気をつけて、また来るよ!」
かれんの叫びに美玲と志田がまた防御魔法を唱え、備えた。
と同時に三天が放つ光が混じり、今度は合体魔法を放ってきた。
「水強化、水鏡!」
「地晶壁!」
正面は美玲の魔法で、側面は志田の魔法で防ぐ。
四人の側を、炎をまとった岩石の礫が暴風に乗って降り注いでくる。
「火焔弓!」
「風蹴球!」
かれんと市原がそれを撃ち落とすが、一息つくまもなく次の攻撃が放たれる。
「くそ、キリがない……!」
三天の攻撃をなんとか防いだ四人は、誰もが肩で息をしていた。
「守っているだけじゃダメだ、こちらからも攻めないと……」
志田がつぶやく。
だが反撃しようとかれんと市原が離れたところから魔法を使っても、三天それぞれの魔法で打ち消されてしまう。
「志田と永倉が奴らの魔法を防いでいる隙に、俺と久瀬で近づいて攻撃してみるか?」
「えっ?」
提案に驚いたかれんに、「しまった」と言う顔をして市原は頭を下げた。
「いや、やっぱり俺一人で行ってみるわ。久瀬、怖がらせてごめんな」
「びっくりしただけだから大丈夫!私も行くよ!」
「かれん……大丈夫?」
強がっているようにも見えて、美玲をはじめ志田も市原も心配そうにかれんをみる。
「だ、大丈夫!私だってできるよ、がんばる!」
「そ、そうか……?」
必死な様子のかれんに市原は頭をかいた。
「無理そうだったらすぐ戻ってね」
美玲の言葉にかれんは大きく何度も頷いた。
そこへ何度目かの三天の攻撃がくる。
作戦通り、美玲と志田は同時に魔法で防御をする。
水の鏡と水晶の壁の横には炎をまとった小石の雨。
「俺は左から行くから、久瀬は右の方からな」
市原の提案に、かれんは頷いて、身を乗り出したが……。
「やっぱムリ!ムリムリムリ!あの中を行くのはムリ寄りのムリだよ!」
一瞬で戻ったかれんは志田の作り出した水晶の壁の影に座り込んで叫んだ。
「だよなあ。俺もキツイって思うもん」
市原も戻り、美玲の隣に座り込みながら悔しそうに言う。
「何か、いい作戦はないか……考えなきゃ……」
防戦一方の美玲たちは悔しそうに水晶の壁の向こうの三天を見た。
その同時刻。
『のう、不公平とは思わぬか?』
『何がだ、炎の女帝よ』
唐突な炎帝の問いかけに、その不満そうな声に疑問を感じたのか、地王が返す。
普段、美玲たちが持つそれぞれの武器の精霊石の中で過ごす上級精霊たちは、思念で会話をすることができる。
だから、契約者である美玲たちが戦闘中でも会話をすることが可能だ。
『妾たちの契約者たちと四天の戦いが、よ』
『そうさなあ……確かに、精霊石を介すため、術の発動に集中、詠唱が必要な分、時間もかかるからのう。要素そのものである三天との戦いは、人の子らには不利よのう』
『おお、老公もそう思うか』
『だが、人の子が我らの力を使うにはそれしか方法がないからのう』
『何をいう老公。あるではないか、もう一つの方法が』
『それはさすがにまずいんじゃない?』
『そうですよ!』
ふたりの会話に風主と水皇が慌てて入ってくる。
『炎帝、その方法はとても危険なもの……あの子たちを危険に晒すことは認められません』
水皇の、その語気は強めだ。
『そうか?だがあの子たちが今、三天に勝つためにはそれしか方法はなかろう?』
『でも……ナイトたちはまだ子どもだよ!?』
『それがなんだ?子どもだからというのが何か問題でも?』
『風主の言う通りです!炎帝、その方法は……スピリタス・カテーナは、私たちが契約者の魂と一体となる秘術。ミレイたちはまだ子どもよ……まだ小さなあの魂を、私たちが飲み込んでしまうかも……!』
『ボクもそれが怖い……炎帝は怖くないの?』
水皇が言うと、風主も同意の声を上げた。
風主の問いに、炎帝はしばらく考えてから答えた。
『それは、の……それはやはり怖いさ。だが妾はかれんを信じておる。カレンならば、妾の力をつかえるだろうと。そのことは、妾の精霊石があの子に渡った時から確信していたのだ』
炎帝の声は昔を懐かしむかのように、優しい。
『それに……やはり何度考えても、その方法以外に勝つ手はなかろう?あの子らが三天と同じように……自在に力を使えなければ負けるしかないし、妾たちもあの子らも、それからこの世界全ても消えてしまうのだぞ』
それでもよいのか、という炎帝に水皇と風主は返す言葉が見つからないようで、返事はない。
『老公はどう考える?』
炎帝の問いかけに地王は『ふむ……』と唸り、何か考えているようだった。
『そうさなあ……我らの方が加減を致せば、それは悪くない手だと思うがのう』
『地の賢翁たるあなたまで何を!』
『おじいちゃん……本気なの?』
ようやく言葉を発した地王の返答が予想外だったことに、水皇と風主は驚き、戸惑った。
地王は自分たちと同じく反対の立場だと思っていたからだ。
『炎の女帝が言うとおり、アレらに勝つにはその方法しかないのは確かじゃ。それに……お主らも感じていよう?サトルたちが更なる力を求めておるのを』
あの子たちの望みを叶えてやりたいのだと地王は穏やかな笑い声をあげた。
『水の女皇よ、そなたもきづいているのだろう……?あの子たちの意志は強い。きっと、我らの力を使えるはずさ。なに大丈夫さ、心配ないよ水の女皇』
妙に説得力のある地王に言われて思わず納得しそうになる水皇だったのだが。
『そうさ、老公の言うとおり、心配せずとも大丈夫大丈夫。それに……』
『それに?』
炎帝の言葉の続きが想像できず、水皇は首を傾げた。
『わらわも考えてみたのだが……面白そうではないか?』
炎帝はクク、と喉を鳴らして笑う。
炎帝のあまりにも軽い言いように水皇は空いた口が塞がらない。
水皇のなかで賛成に傾きかけていた気持ちは再び揺らいでしまった。
『面白そうって……』
『フォフォ、何を言うかと思えば……さすが炎帝じゃの』
風主は呆れた声を出し、地王は笑う。
『いや面白いだろう?そなたらも想像してみよ、わらわたちの力を振るうカレンたちが三天を圧倒するところ、見てみたくはないか?』
炎帝の問いかけに少しの間の沈黙。上級精霊たちからの返答はない。
皆考えているようだ。
『たしかに、言われてみるとそれ、とっても面白そうだね!』
『風主!あなたまで何を……』
無邪気な声で笑う風主に、水皇は慌てた。
『三対一だぞ、水皇』
勝ったと言わんばかりに炎帝が笑う。
『炎帝……あなた……!』
終始おもしろそうな様子の炎帝に、生真面目な水皇は苛立っていた。
『では問おう、水皇よ、そなたにはこれを切り抜ける策が出せるのか?』
『それは──……』
水皇はうつむき、目を閉じた。