眠る女王
シラギリの森という名のとおり、霧がたち込める森の奥深くでは更に見渡す限りの全てが霧に覆われ、見えるのは森の木々はほんの近くのものだけとあとは足元の草だけだ。
休憩を終え、再び隊列を整えて出発した美玲たちは、今度は 先頭を行くセレイルの後ろについた。
道が細い分、戦力の高いセレイルの後ろにフレイズとともにいるのが安全だと判断したためだ。
ベルナールは最後尾にまわり、背後の警戒に当たっている。
アイーグの巣となっているシラギリの森では、数歩進めばアイーグが出てくるという状態で、なかなかスムーズに進むことはできない。
だが先ほどのように大きな群れで現れることはないので、それぞれ近くに出たものを倒しながら進んでいた。
上からもアイーグが落ちてくることがわかっているので、美玲は特に上を気にしながら進んでいた。
もっとも、フレイズがそばにいるので、アイーグが落ちてくる前にそれを倒してしまうが。
「なぁなあ、永倉、俺たちの合体技だけどさー」
「そ、そんなのできるわけないじゃん!!」
呑気に話しかけてきた市原に、強い言葉で返す。
「なんだよ、さっきはやる気まんまんだったくせに」
「なんで合体技なんか使うの?別に普通にすればいいじゃん」
「でもベルナールさんたちの合体技すげーカッコよかったし。使ってみたくねえの?」
「そ、それは…でも、フレイズさんたちもいるから、うちらがそんなの考えなくても大丈夫だよ!!」
「そうかなぁ…永倉は使ってみたくねぇの?」
「別に、そいうわけじゃ…ていうか、合体技なら志田とすればいいじゃん!なんで女子とやりたがるの?ヘンタイだよそんなの!」
「は?ばかじゃねーの?今近くにいるのが永倉だからだろ」
志田は今いないじゃないか、と唇を尖らせる。
「ていうかヘンタイっていう方がヘンタイなんだぞ」
「は?ばっかじゃないの?」
「あ、ばかって言った方がバカー」
「じゃあ市原もいまバカって言ったからバカじゃん」
「先に言ったのは永倉ですぅー」
「〜〜〜〜〜っ!!」
「あ、暴力?暴力ですか??永倉ゴーリラー!ゴーリラ、ゴリラゴーリラウホウホ」
「むかつく〜〜!!!!!」
げんこつを握る美玲をゴリラの真似をしてからかってくる。
こんな奴のこと好きなわけがない。
美玲はさっきまでの胸のドキドキと、ほっぺの熱さを忘れたいと思った。
「二人とも、落ち着いて…」
フレイズにたしなめられるが、市原はゴリラの真似をやめない。
「こらこらナイト君、好きな子には優しくしないとダメだよ〜?ミレイちゃんも好きなら素直にならなきゃ」
目の前でアイーグを倒しながらセレイルが言う。
群れでくると大変だが、一体一体は大した強さではないらしい。
「は?ち、ちげーし!ありえねーし!」
「あたしだって市原のことなんか好きじゃないもん!!」
慌てて二人して否定する。特に美玲は力を込めて言った。
「そうなのかい?じゃああたしの勘違いかい」
アッハッハと豪快にセレイルが笑うと、他の騎士たちからも笑い声があがった。
とても恥ずかしくて、耳まで真っ赤になって美玲は俯いた。
「わーらーうーなー!!」
同じように真っ赤な顔をした市原の叫び声が更に騎士たちの笑いを誘った。
「あれ?」
不意に鼻をくすぐった甘い花の匂いに、それまで言い争っていたはずの美玲と市原は顔を思わず見合わせた。
「トイレの匂いだ」
「ほんとだ、トイレの消臭剤の匂いだ」
美玲は漂ってくる大好きな花の香りに夢中になった。
「二人とも、これは金木犀の香りだよ」
「知ってるよ。トイレに飾る花だろ」
呆れたように言うフレイズに市原が胸を張った。
香りの強い花だが、トイレに飾る花だとは決まっていない。
「人間の世界ではそうなのかい?金木犀はね、女王陛下の花さ」
市原の言葉に苦笑してセレイルが教えてくれた。
「陛下は金木犀の妖精なんだ。この香りは陛下をお守りする檻の香りさ」
森にたちこめる深い霧の中、花の香りをたどって進むにつれ、それはどんどん強くなる。
むせるような、けれども心地よい甘い香りに思わずうっとりする。
「おお、女王陛下!」
茂みをかき分け、進んだ後ろからは陛下、陛下と騎士達からもどよめきが上がっている。
見上げるとそびえ立つ木々の間に、絡み合うように枝を広げているそれは檻のようになっている。
そしてその中に、女性が眠っていた。
彼女が妖精の女王ユンリルだろう。
なんと美しい人だろうと二人からため息が出る。
つま先まで伸びた金の髪は波打ち、光沢のある白いドレスから覗く白い肌、閉じたままだがまるで人形のように整った顔。
薔薇色の唇に、ほんのりと朱に色づいたほっぺた。
金木犀の枝には所々に小さなオレンジ色の花が咲き、深緑の葉とともに華やかに女王を飾っているようだ。
この女王はどんな声で話すのだろう。
早く聞いてみたい、目覚めさせたいと美玲は思った。