三天の出現
六対一。
数の上では劣るというのに、水天はどこか余裕があるようにも見える。
『さあ、できるものなら儂を止めてみせよ!アクアブルーインパクト!』
水天が杖を振るうと、四方八方から激流が現れ、中央に渦潮を作り美玲たちを飲み込んだ。
防御魔法を唱える間も無く水に飲み込まれた美玲たちは、水の中でもみくちゃにされて、まるで洗濯物になった気分だった。
「きて、炎帝!火炎舞花!」
濁流の波間から必死に顔を出し、息継ぎをしながらかれんがバトンを掲げて炎帝を呼び出す。
そして唱えられた呪文に炎帝が応じ、現れた。
炎帝が踊るように腕を振り、身をしならせると謁見の間には炎の花が咲き乱れ、青、赤、緑色をした業火の花が渦巻く水を飲み込み、その熱で全て蒸発させた。
『ほう、炎帝に火天の力か。それほどの力を引き出せるとは、やはり人の子の力は凄まじいな」
ずぶ濡れになった美玲たちは頭を振って髪についた水分を払ったり、手で顔についた水分を拭った。
そんなことをしているうちに、服を濡らした水分はすぐに乾いてしまう。
それは悲凍原に行く前にジャニファとネフティが仕上げた衣服の性質によるもので、速乾の効果がつけられている。
もちろん強度もあがっているため、大渦に巻き込まれたものの、四人のダメージはちいさい。
「あ〜気持ちのいいプールだった、ありがとな」
『フ、減らず口を……ならばこれでどうだ!』
市原が服の埃を叩くような仕草をしながらいうと、水天は不満げに鼻を鳴らし杖をかかげた。
杖にかざられている宝珠が輝き、そこから赤、黄緑、黄色の光が飛び出す。
みるみる大きくなる三つの光。
赤の光の中には炎帝と同じようなオリエンタル風の衣装をまとい、先端にかけて青くなる朱色の髪を二つに結い上げた女性の姿が見える。
頭には金色の毛に覆われた、猫か犬か……なんらかの動物の耳があり、その背にはふさふさとした金色の尻尾が九つ揺れている。
昔話で読んだことのある、九尾の狐のような姿で赤から青に変わる炎をまとっている彼女はおそらく火天だろう。
そして黄緑の光の中には見覚えのある姿──風天が。
だが美玲たちが知っている風天と違うのは、その眼差しが虚であることだ。
かつて向けられた優しげな光は、その目のどこにもない。
最後の光──三つ目の黄色の光の中にあるのは、金色の髪を流し、金の瞳を持つ美しい女性だ。
ただしその下半身はドラゴンのようにたくましく金の鱗に覆われていて、腰のあたりから背後に伸びた太い尻尾には赤い棘もはえている。
彼女が四天のうち、残る地天なのだろう。
『風天が持ち出した四天の力は、いわば儂が吸収した三天の残りカスのようなもの……奴はその力をお前たちにくれてやったようだが、果たして儂を含めた四天に勝てるかな?』
三天を出し、水天の姿はトルトに戻っている。
水天本体だけが現れないのは、妖精界で自由に動くための器であるトルトの体を手放したくないからだろう。
『さあ人の子らよ、この三天にどう立ち向かう?』
勝ちを確信しているのか、水天の声は少し上ずり興奮しているようにも聞こえた。
「ミレイちゃん!」
「カレン……!」
『おっと、お前たちには儂の相手をしてもらおうか』
退屈しのぎにはなるだろう、と言う水天に、行く手を阻まれたジャニファが歯ぎしりをする。
「水天ァ……!」
『取り戻したいのだろう?お前の姉の、この体を。ならば迷うこともなかろう」
「く……っ!」
「ジャニファさん!私たちは大丈夫です、心配しないで」
「風天から力ももらってるんだ。俺たちだってそんなに簡単には負けないよ」
かれんと志田はそう言うが、美玲はミアラとジャニファから引き離されたことに不安を感じていた。
「あたしたちだけで三天と戦わないといけないなんて……」
正直に言って、とても怖い。
光をまとった三天が放つ気配の圧力はすさまじく、美玲は思わず後ずさりしてしまう。
ちらりとかれんたちをみると、ジャニファにああは言ったものの、やはり二人の表情も固く緊張しているようだった。
「でも、やるしかないだろ……」
となりに立つ市原がぽそりとつぶやいた美玲の言葉に返すも、それはまるで自分に言い聞かせるような言い方だった。
『ヴェンティヴィヴァーチェアスプラメンテ』
『アルスグランドロンド』
『フィアルージュフレア』
突然、戦いの火蓋は切られた。
三天が抑揚のない声で口々に呪文を唱えはじめたのだ。
「来た!」
ここはそんなに広くはない、謁見の間だ。
避けきれない。
渦巻く風、大きな揺れと隆起する岩、吹き荒れる深紅の炎が美玲たちに襲いかかってきた
「ミレイちゃん、水強化!」
「水鏡!」
ミアラが離れた場所から強化魔法を唱え、美玲が唱える寸前に術の強度を上げてくれた。
美玲が作り出した水の鏡はいつもより大きく、天を渦巻く風と炎を迎え撃つ。
『ミアラ』
「これくらい構わないでしょう?あの子は風天からあなたの力をもらっていないのですから」
責めるような水天の声にミアラは首を傾げた。
『そうか、だが……焼け石に水ではないといいがな』
「おそれながら、水天様……私たち人の子の力を侮らないでいただきたいですわ」
ミアラは不敵な笑みを浮かべてそう言うと、ハープの弦を爪弾いた。