水天(アクア)の目的
水天は感情を抑えきれなくなったようで、やがて声を上げて笑った。
『ははは……はーっはっはは!!』
その笑い声は謁見の間に響き、何故水天が笑い出したのかわからない美玲たちはただ、それをみることしかできずにいた。
「なにがおかしい!」
不気味さにジャニファが身構え、叫ぶ。
なぜか爆笑している水天からは言いようのない狂気を感じ、ミアラの表情もかたい。
『儂の意図を汲もうなどと……お人好しがすぎるぞ、ミアラ』
「そんな……ただ私は、何も知らぬままではいたくないのです」
確かに、水天の目的は何か、どうして妖精たちを眠らせているのか、美玲も知りたいと思った。
『ならば教えてやろう。……儂は三界を消し、今度こそ秩序ある世界をつくろうとおもっている。そのためにまずは妖精の国を消すことにしたのだ』
「消すって……そんな、どうして」
美玲たちは想像もしなかった水天の目的の恐ろしさにショックを受けた。
そんな美玲たちを尻目に水天は言葉を続ける。
『三界を分けたのち、人の世界は秩序が戻った。だが妖精の国はどうだ?妖精の女王ともあろうものまで精霊と結ばれようなどと、愚かなことこの上ないわ』
その言葉にミアラはうつむいてしまった。
水天の口調はするどく、それはまるで自分を責められているように感じてしまったのだろう。
「何でダメなの?お互い好き同士なのに、種族が違うからってだけでどうしてダメなの?」
美玲は黙っていられず、ずっと抱えていた疑問を水天にぶつけた。
水天にとって、それは予想外の質問だったのか、驚いたように目を大きく開いた。
それから水天はゆっくり瞬きをしてから口を開いた。
『かつては儂も、人の子と恋に落ち結ばれた』
「え?」
衝撃的な告白に美玲たちは言葉が出ない。
ならばどうしてミアラやユンリルたちを責めるのだろう。
かつての自分と同じ、異種族と結ばれたいと願う者たちなのに。
『儂の片翼……彼女はミアラの父方の遠い先祖だ。だからか、ミアラにはどこか儂の片翼の面影がある……』
ミアラを見つめる懐かしそうな水天の表情。けれども、その視線はどこか遠い。
「ならどうして……?あなたも……水天も人を好きになったんでしょ?どうしてその人と一緒に過ごした世界を壊そうとするの?」
かれんが言うと、水天は小さくため息をついて首を振った。
『人は妖精と精霊より脆く、妖精は精霊より脆い。自然と共にある精霊たちだけが、失った者への思いを抱えたまま生き続けやがて──その寂しさに結局耐えきれず消えていく……儂はそんな精霊たちを多く見てきた』
「でも──アンタは消えなかったんだな」
市原が不思議そうに言うと、水天は眉をひそめ、口を歪めた。
『儂は世界を支える四本の柱のうちの一柱でもある。消えるわけにはいかない。世界のために悲しみに耐えたのだ。……本当は消えたかった』
「──っ!」
ぽそりと水天がつぶやいた最後の言葉に美玲はたちは驚いた。
『儂は消えなかったが、多くの消えていった精霊たちのその悲しみは積もり積もって精霊界を……果ては三界全てを歪ませてゆく……だが世界を別にすれば出会うこともないし、精霊たちも悲しみ消えることもなくなる、そうは思わぬか?」
水天の言葉に美玲は息を呑んだ。
確かに出会うきっかけもなければ、わかれることもなく、悲しみの結末は訪れないかもしれない。
『ミアラと精霊王を引き離し人の世界を二つの世界から切り離したときには、これでもう安心だと思ったのだが……妖精と精霊までもがそうなるとは予想外であった。だから……もう作り替えるしかないだろう?世界自体を』
「つくりかえる……」
無表情のままで水天が発した言葉の一つをミアラが繰り返す。
『こんどこそ三界を完全に分け、互いの存在も知らないようにするのだ。そのために三界全てをまっさらに消し去らなければならぬのだよ』
まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいた水天は、杖を握る手に力を込めた。
『だがいきなり滅しては可哀想だ。世界を消すにしても、儂ひとりでは時間がかかるからな。それまで眠らせ、ゆっくりと力を失わせてから消してやるのだ。妖精たちは眠っている間に、苦しみも何も感じずに消えて行ける。これは儂のせめてもの慈悲心よ』
慈しむような笑みを浮かべる水天はどこか満足げだ。
「慈悲心だと……?ふざけたことを!」
ジャニファは怒りのあまり周囲に電気を纏うほどだ。
「そんな“ジヒゴコロ”なんていりません!」
かれんが青ざめた顔をして叫ぶ。
「そうだ、全部の世界を消すだなんて、そんなの……おかしい、間違ってる!」
『何がおかしい。もう悲しむものはうまれないのだぞ』
志田の怒りを含んだ声に、水天は首を傾げる。
「だって、今……この世界で、妖精たちも精霊たちも、うちらだって……みんな生きてるんだよ?それを、そんな簡単に消すだなんて……」
「おかしいに決まっているだろ、自分の思い通りにならないなら消すとか……あんたの考えは間違ってるって、子どもの俺たちでもわかるぞ!」
冗談じゃない、と憤る美玲に市原が同意して水天を指差した。
だが水天は怒ることなく眉尻を下げ、憐れむような目で市原を見た。
『儂らもお前たち幼き人の子らのように考えられれば良いのだが、なぁ……貴様たちが思うほど、この三つの世界の関わりは単純ではないのだ』
「妖精も精霊も俺たち人間もいらないというのなら、アンタはどうなんだ?自分の思う通りの世界にしたいんだろ?俺たちの世界を消したら、アンタたち四天も消えるんじゃないか?」
それでいいのかと問う志田に、水天はたいしたことなさそうにうなずいた。
『そうだ。だがそれで良いのだ。歪んだこの世界は全て消えるのだから。人も妖精も、儂ら精霊もすべて……』
水天はもともと消えたかったのだから。
「水天様……」
何かを諦めたかのような水天には何を言っても無駄なようだ。
『全て消えたあと、新たな四天がうまれ、新たに三界を作り直してくれるだろう』
「でも、新しい四天がまた世界を分けなかったらどうするの?」
美玲の質問に水天は首を振った。
『新たな三界の礎は既に作ってある。完全に三界は分けられていて行き来もできない。今と同じようにはなるまい』
何を言っても聞く耳を持たない水天を止めることはできないのか……美玲は悔しさにうつむいて拳を握った。
「でも……やっぱりそんなの絶対おかしい!私たちは消えたくないし、せっかく会えたジャニファさんたちや精霊のみんなが暮らす世界がなくなるなんて、絶対嫌よ……!」
かれんが叫ぶと、水天は杖を持った右翼をスッと美玲たちの方へと向け、目をすがめた。
『では、儂を止めたければ戦うしかあるまい?かつて精霊王が人間の子たちを使って儂を封印した時のように、な』
「もとよりそのためにここまできた!お姉様の体も返してもらう!覚悟しろ、水天!」
ジャニファが再び雷をまとわせた剣先を水天に向け飛びかかり、美玲たちは水天を取り囲み武器の先を向けた。