静寂の城
美玲たちはジャニファが開いた道を通って妖精の城へとやってきた。
久しぶりに足を踏み入れる妖精の城はがらんとしていて、城で働く妖精の騎士やメイドたちがいて、あれだけ活気に溢れていた場内は水を打ったように静かだ。
「誰も、いないの……?」
少し声に出してみてもその声が響いて聞こえるほど、静寂だけがそこにあった。
「おーい、誰かういないのかー?」
「おい、市原!」
「大きな声を出したら水天に気づかれるよ、市原くん」
大声を出した市原を、志田とかれんが慌ててたしなめる。
けれども城には市原の声が響くだけでなんの返答もない。
「どうせ戦うなら呼び出してさっさとケリつけたほうが早いじゃないか」
「不気味ですね……水天様はどちらでしょう」
ミアラの声にも緊張の色がでている。
「……まずは記憶の書を探そう。騎士団の奴等の記憶が元に戻れば戦力にもなるだろうし」
ジャニファがそう言った時だった。
ギィ、と不気味な音を立てて謁見の間に続く扉が開いた。
「ヒッ!お、お化け……?!」
怖いものが苦手なかれんが美玲の背中に隠れる。
「何も出てこないな」
肩すかしを食らったように志田が言うと、ホッとした様子のかれんはようやく美玲の背から出た。
まるで誘っているかのように開いた扉を、美玲たちは無言で眺めた。
「なんだ、あの扉は……急に開いたが?」
ジャニファが扉を指差して不機嫌そうに言った。
「絶対ワナだよな……」
「ああ……見え見えだな」
市原の呟きに志田が頷く。
あの部屋に入ったらとびらが勝手に閉まってボス戦という、ゲームでもよくあるお決まりの展開が目に浮かぶ。
そんな二人の会話に、ジャニファは不敵な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
「フン、ワナか……いいだろう、あえてのってやろうではないか!」
「あ、ジャニファさん、待って、記憶の書は?!」
靴音を鳴らし謁見の間に進むジャニファを追いかけ、かれんが駆け出す。
「ちょっと、かれん、ジャニファさん!」
続いて美玲たちも謁見の間へと飛び込んだ。
すると入った途端に謁見の間の扉は驚くほどの速さで閉じ、扉も消えてしまった。
「うそ、もう出られないの?!」
かれんが悲鳴をあげた。
ミアラが扉を開こうと力を込めて見るが、全く動く様子はなく、ミアラは肩を落として首を振った。
やはり市原たちの言う通りのワナで、美玲たちは閉じ込められたのだ。
誰の誘いかはわかっている。
美玲たちがおそるおそる振り返り玉座をみると、そこには杖を持ったトルトが座っていた。
驚いたことに水天は、光柱の間で最後にみた四天のいろいろなものが合わさった姿ではなく、トルトの姿をしていた。
「お久しぶりですね、皆さん」
口調も声も優しげなトルトのものだ。
切り揃えられた金の髪、ピンクの小花がついた髪飾りに蝶の羽。双子のジャニファと同じ顔。
目の前のトルトは妖精の国にきて初めて会った時と同じ姿形をしていた。
だがまとう気配はとても優しいものではなくそれとは反対の荒々しいものだ。
水天の内面を隠しきれていないのか、それともわざとか。
美玲たちは武器を構えた。
「水天ァァァァアアアアア!」
「ジャニファさん!」
謁見の間にかれんの悲鳴が響く。
「雷斬波!」
ジャニファが短剣を抜き、魔法で雷の刀身をまとわせ、先手必勝とばかりにトルトの姿をした水天に襲いかかったのだ。
「ぐっ!」
しかしジャニファの雷をまとった剣は、水天が持っていた杖にやすやすとはじかれてしまった。
高い魔力を秘めた妖精の女王ユンリルの髪が吸収された杖だ。
「雷撃獄炎渦」
ニヤリと笑い、水天が唱えて杖をかかげると、雷の雨と炎の嵐が謁見の間に吹き荒れた。
「やめろ、お姉さまの力を使うな!雷撃激流波!」
ジャニファが絶叫すると、炎の嵐を押しのけるような濁流と、雷の雨を打ち消すように紫の雷が降り注ぐ。
「うわあっ!」
謁見の間にひびく凄まじい轟音は、まるで耳元でシンバルを打ち鳴らされているようで、美玲は悲鳴を上げ耳を塞いだ。
「いけない、水鏡!」
「水晶壁!」
ミアラがハープをかき鳴らし唱えると、大きな水の鏡が現れ雷を跳ね返す一方で、志田の出した水晶の壁が美玲たちを覆い、炎の嵐から守った。
「どういうつもりだ水天!お姉様の姿を取り、その口調を真似るとは!」
『……おや、気に入らなかったか?』
その悪趣味さに我慢がならないと叫ぶジャニファに、水天の声が笑みを含みながらたずねた。
それはしわがれた低い老人の声。
若い女性のトルトの姿から出る声とは思えず、気味の悪さが際立つ。
ジャニファはギリ、と歯を食いしばり、水天からさらに距離をとった。
「あたりまえだ、ふざけるな!その姿も貴様自身の姿に戻せ!」
ジャニファの怒りに水天は肩をすくめて首を振った。
そしてゆらりと陽炎のようなものが揺らめいたかと思うと、トルトのすがたから、光柱の間で見たような、四天が合わさった姿になった。
『そこにいるのはミアラか。よくもまぁ儂の前に姿を現せたものだ』
静かだが、怒りを含んだ声。
金色の五つの目がミアラをジロリと睨む。
「水天様……」
だがミアラはひるむことなく、まっすぐに水天を見上げた。
『精霊王を連れてこなかったのは賢いな。この場にいたら、思わず消し去りたくなっただろうからな』
その言葉にミアラは唇を噛み、鋭い視線を水天に向ける。
「水天様、あなた様の望みはいったいなんなのです?どうしてこんな……妖精の皆さんにひどいことができるのですか!」
『それを知ってどうする』
「ただ知りたいだけです。四天の一柱であるあなたがここまでするだけの理由を」
ミアラの問いかけに、水天は声を殺し肩を震わせて笑った。