つかの間の喜び
(俺はこのまま消えるのだろうな……)
横たわり目を閉じたまま、フレイズはそう思っていた。
自分が今どこにいるのか、起きているのか寝ているのかわからない。
静寂の中にいて、何も聞こえない。
体の自由はなく、意識だけがある状態だ。
(約束、守れなかったな)
美玲たちを必ず追いかけるという約束をしていたのに。
(隊長は強かった……)
四元騎士団を束ねる団長でもあるベルナールは、その階級にふさわしく、身に宿る風天の力を限界まで使わなければ倒せなかった。
そして力を使いすぎたから、風天からもらったこの身も維持できなくなり、自分の体はこのまま消えてしまうのだと、なんとなくわかっていた。
(ミレイ、ナイト……みんな無事だろうか。怪我などしていないだろうか)
心残りなのは、彼らが妖精に来てからずっとそばにいた二人の人間の子どもたちのことだ。
そのうち一人は幼い頃から見守ってきた、フレイズにとっても特別な子どもだ。
最後までそばで守れなかったのは心残りだが、彼女たちがミアラを探しにいく手助けはできた。
(俺がいなくても……)
ミアラを救い出し、精霊王を味方につけることができたのなら、自分がいなくても大丈夫だろう。ジャニファもネフティもいる。
そんな考えが思い浮かんでフッと自嘲気味に口角を上げた。
(なんだ……?)
ふいに、胸のあたりが温かくなる感覚がした。
(これは一体……)
失ったはずの風の力が流れ込んできて、どんどん力がみなぎってくることに気づいた。
耳には不思議な音色が聞こえてきて、鈍くなっていた感覚がだんだんと研ぎ澄まされていく。
「フレイズ、フレイズ!!」
聞き慣れた少女と少年の声が聞こえる。
(俺を呼ぶ、声……)
誰だったっけ、とぼんやりしていた頭がだんだんとはっきりしてきて、声の主たちに思い当たる。
「ミレイ……ナイト?」
フレイズは重たい口を動かし、その声の主たちの名を呟いた。
そしてゆっくりまぶたをあけると、降ってきそうなほどの星空が目に入った。
視線を動かすと、驚いたような美玲の姿が目に入った。
体をおこしてあたりをみまわすと、フレイズは青く光る魔法陣の上にいて、周囲には見知った顔や知らない者がいるのに気づいた。
皆一様に、フレイズを嬉しそうに見ている。
「……?」
いまいち何が起きたのか理解が追いつかないフレイズは、手を握ったり開いたりして体が動くのを確かめた。
失ったはずの風の力はほとんど戻っていて、体の隅々に行き渡っている。
「フレイズ、よかった……」
美玲と市原が駆け寄り、フレイズに抱きついた。
「君たち……どうしたの?なんでそんなに泣いて……」
フレイズはよろめきながらもしっかりと二人を抱きとめた。
美玲と市原はしゃべろうにも嬉しすぎて言葉にならず、声をあげて泣いた。
そのとき、自分は瀕死の状態から救われたのだとフレイズは知った。
「ありがとう、君たちの声が俺を戻してくれた」
溶け行こうとしていた自分を引き止めたのは二人の声だということに気づき、二人を抱きしめる腕に力を込めた。
「ちがう、俺たちだけじゃないよ」
「みんながフレイズを助けるために力を貸してくれたんだよ」
「そうみたいだね」
風主や風精霊たちは自分たちの力を分けてくれたようで、疲れているようにも見える。
「本当に、戻って来れてよかった……」
フレイズはしみじみと呟いたのだった。
「あー、よがっだぁああ」
フレイズが回復したのを見たネフティは、大きな息を吐いて心底ホッとしたように言った。
そして両手を投げ出し、砂浜に大の字になって寝転がる。
「頑張ったな、ネフティ」
「まーね……って、ジャニファがわたしを褒めてくれた……!いやー、もっと褒めてくれていいんだよ?」
ジャニファの言葉に寝転がったままネフティは頷いてにまりと笑った。
そして疲れているはずなのに期待に満ちたキラキラとした眼差しをジャニファに向けている。
「調子に乗るなよ、ネフティ」
だが半眼になったジャニファからドスのきいた言葉がかえってきて、ネフティはしょんぼりとうなだれた。
「ほら、起きられるだろ、もう日も落ちたし、一旦我が主人の元へ帰るぞ」
「……動けない」
「ネフティ、ふざけるのは……」
「もうムリ、力を使いすぎて動けない〜!」
手を貸してくれというネフティにため息をついて、仕方ないなと呟いてジャニファは手を伸ばした。
「うわっ、ちょっと!」
ジャニファはネフティにその手を引かれ、腕の中にすっぽりとおさまってしまった。
「い、いきなり何を……!」
驚きに声を裏返らせるジャニファの髪には砂粒が絡み付いている。
「ジャニファ、急いで戻ってきてくれて、ありがとね」
「ふん……バカが」
砂粒を払うネフティに、髪を撫でながらそう言われ、まんざらでもないようにジャニファは悪態をついた。
一方で、かれんと志田も涙をぬぐって三人の様子を見ていた。
「よかったな」
「うん」
なんとなく三人の邪魔をしてはいけないと感じた二人は美玲たちを遠巻きにみていた。
フレイズと一緒にいたことはあるが、美玲と市原ほど付き合いが長いわけでもない。
だからあの二人みたいにフレイズに駆け寄るのは遠慮したのだ。
「これで、あとは水天を倒すだけかな」
「もうすぐ帰れるんだな」
「そうだね、がんばらないとね」
妖精の国に来てから、美玲たちとは別行動をしてずっと一緒だった二人にはどこか、連帯意識のようなものが芽生えていた。
かれんは市原に好意を寄せていたが、最近では気持ちの変化が起きてきたようで。
(どうしたんだろう、私、最近志田くんにドキドキするようになっちゃったみたい……)
市原が美玲のことを好きだということに気づいてから、市原を見ても以前のようなときめきを感じられなくなっていた。
「久瀬」
「な、なぁに、志田くん」
物思いにふけっていたら声をかけられ、かれんは何事もないように返事を返した。
「水天に絶対勝とうな」
「うん、がんばろう!」
(私、やっぱり志田くんのこと……?)
志田の真剣な表情にドキドキしながら、それを悟られないように力強い返事を返した。
精霊王サシェはフレイズに力を分け消耗していた風主と風精霊たちをケアしていた。
しおしおにしおれていた風精霊は輝きを失いかけていた風精霊石に精霊王の力を分けてもらい、元気を取り戻していた。
『俺たちが共に力を使うのは久方ぶりであったが、なんとかうまく行ったな』
「そうね、力の使い方を体は覚えているものね。このハープも久しぶりに弾いたけれど……」
うまく行ってよかった、とミアラは美玲に視線を向けていった。
『俺たちの気持ちも、変わらないな』
『そうね、ずっと変わらないわ』
精霊たちをねぎらいながら二人は互いを見つめてほほえんだ。