癒しの唄
ゲートを通った精霊王は翼を広げ蒼の渚の上空に出た。
傾きかけた日差しを受け、茜色にキラキラと輝く海が眩しい。
「フレイズたちはどこだろう?」
手をかざして日差しを避けながら目をこらすと、砂浜の上に光る魔法陣がみえた。
あそこでネフティがフレイズを回復させているのだろう。
「サシェ、あそこよ。あそこに降りて」
『わかった』
ミアラの指示で精霊王はその魔法陣めがけて降下した。
突然現れた精霊王に驚いた様子のネフティだったが、それは一瞬だけだった。
「あ、ミレイちゃん、危ないわ!」
ミアラの静止もきかず、美玲は精霊王から飛び降りてフレイズの方へと駆け寄ろうとした。
だが魔法陣の中に入っていいものか分からず、ネフティを見上げると、彼は「どうぞ」と美玲を促した。
「フレイズ……!」
ネフティの出した魔法陣の中に横たわるフレイズの顔色は真っ白で、まるで人形のように生気がない。
状態が悪いことは子どもの美玲でもわかるくらいだ。
後ろからネフティとジャニファの話が聞こえてきた。
「やぁ、ジャニファ。急いで戻ってきてくれたんだね。助かるよ」
声に疲れをにじませながらも、それでもフレイズに回復魔法をかけ続けているネフティがホッとしたように言った。
「ネフティ、お前も大丈夫なのか」
「うん、彼に比べればなんともないさ。ほんの少しの時間だし。急いでくれてありがとう、ジャニファ」
「……フレイズは?」
少し照れ臭そうにほおを赤らめたジャニファだったが、すぐに表情を引き締めて問いかけると、ネフティは難しそうな顔で首を振った。
「全然間に合わないよ……彼は自分を構成していた風天の力をだいぶ使ったみたいだからね」
「フレイズ、フレイズしっかりしろよ!」
遅れてやってきた市原もフレイズの体を揺すって強く呼びかけるが全く反応がない。
「フレイズ、フレイズ……!」
美玲が呼びかけても、市原が怒鳴っても反応しない。
「フレイズ……」
どうしたらいいんだろう、どうしたらフレイズを助けられるんだろうと美玲はあれこれ考えようとするが、頭の中がぐちゃぐちゃで全く思いつかない。
そのうち涙があふれてきて、美玲は何もできない無力さがくやしくて頭を掻きむしりはじめた。
「永倉、落ち着け」
市原が美玲の腕を掴んで頭から離させる。
「美玲……」
後から追いついたかれんが美玲を抱きしめ、背中をポンポン叩いて落ち着かせてくれる。
市原は志田と難しそうな顔をして何か話している。
「かれん、あたしどうしたらいいの……どうやったらフレイズをたすけられるの……?」
ネフティが回復魔法を使ってもダメなのだ。美玲とミアラがやっても無理かもしれない、間に合わないかもしれない。
「美玲……」
そんな風に思ってしまうくらい、フレイズはどう見ても危険な状態だった。
かれんもどう答えたらいいかわからないようで、ただ美玲の背中を撫でることしかできずにいた。
「ミレイちゃん、彼が、あなたの……?すぐに私たちも回復の手助けをしましょう」
人の姿をとった精霊王と共にきたミアラがハープを取り出して言った。
『ミレイよ、泣いているばかりでは何も変わらぬぞ』
精霊王の言葉に目が覚めた気持ちだった。
精霊王はミアラを助けるために水天のところにいったりしていた。
そのせいで精霊王とは敵対することになったけど……。
でもいま、精霊王が味方であることは心強い。
とにかく今は美玲にできることをするしかない。
美玲は頷き、両手をフレイズに向けた。
『風の力がだいぶ減っているのか……俺も尽力しよう』
全ての精霊の父である精霊王の言葉が心強くてその安心感に美玲の目には涙があふれてくる。
「そうだ、これ、風精霊石のブレスレット……!」
精霊王の言葉で美玲は一つ思いついた。
風天は消えてしまったが、ここに宿る風の力がフレイズの力になってくれるかもしれない。
美玲は祈るような気持ちでフレイズの胸の上にブレスレットを置いた。
「風主」
市原の精霊石から風主が飛び出て、痛々しそうにフレイズを眺めた。
『彼は兄弟であり父たる風天の分身のようなもの。我々の力も使って欲しい』
風主がそう言うと、風精霊石をもった風精霊たちも姿を現した。
「みんな……ありがとう……!」
市原も目を潤ませて頭を下げた。
「ネフティさんは休んでいて。あとはあたしたちががんばるから」
「いや、ここまできたら最後までやらせてくれ」
ネフティは美玲に首を振り大丈夫だという。
「じゃあ、みんなでフレイズを助けよう」
志田の声かけに全員が強く頷いた。
「それじゃ、準備はいい?行くわよミレイちゃん」
「はい!」
ミアラがハープの弦を弾いた。
「水癒唄」
「水癒唄双奏」
二人して同じ呪文を唱える。
そこに、ミアラがハープの弦をかき鳴らし言葉をつけ足した。
美玲が以前見た夢の中で精霊王とミアラが練習していた曲だ。
水皇と一緒に奏でられる音楽は、爽やかな清流のようで、蒼の渚の水音と底を流れる風の音に合わさると、まるでオーケストラのようだ。
フレイズの周りにはネフティが出している魔法陣よりも大きな、青色に輝く魔法陣が広がっていて、そこから浮かび上がる青光する粒子がフレイズの周りにただよっている。
「俺たちも……」
市原と風主、風精霊たちもフレイズに力を集中させる。
すると、フレイズの胸元にあるブレスレットが弱々しく輝きだした。
やはりあまり力が残っていなかったのだろう。
それでも、光は解けるようにフレイズの中へと染み込んでいく。
青い粒子に混ざり、黄緑色の光と虹色の光がフレイズを包み込むように踊った。
「サシェ、力を一気に流し込んではダメだわ。あの妖精が耐えられない」
『わかってる……しかし、力を小出しにするのは少々……難しいな』
どうやらミアラのハープで精霊王の力をフレイズに流す量を調整しているようだ。
虹色の粒子は精霊王のものなのだろう。
精霊王の持つ力は大きいので、バランスを取るのが難しいのかもしれない。
(フレイズ、お前を救うために皆一丸となっている。この声が、この力を感じたのなら……いや、感じなくても戻ってこい!)
ジャニファもネフティを支えながら念じた。
その側で、かれんも志田も祈るように手を組んでいる。
夕暮れの砂浜で、祈るような気持ちで美玲たちは儀式を続けた。
(フレイズ……お願い、目を開けて……!)
美玲は強く願う。
魔法陣の中のフレイズの顔色はまだ白いままだ。
やがてフレイズを包む粒子は一つになり、大きく輝き出した。