フレイズの危機
しばらくして、ピンクルが四人に声をかけた。
「皆さま、お待たせいたしました。ゲートが開きましたわ」
中でもジャニファのことを特に心配していたかれんはソワソワとした様子で、ティンクルが側に立つ開いたゲートの方へ駆け出そうとする。
「早く戻ろう、ジャニファさんたちが心配だよ」
「そうだね、急ごう」
かれんに手を引かれ、男子たちにも声をかけてから美玲もゲートに向かおうとした。
「カレン、ミレイ!」
その時、聞き覚えのある声がして、まさかと振り返ると、そこには息を切らせて飛んでくるジャニファの姿があった。
「あれ、ジャニファさんだけですか?」
騎士団との戦いに勝って追いついたのだと思った美玲は、その後ろにフレイズとネフティの姿がないことに首を傾げた。
「あれ、本当だ……」
遅れてやってきた男子たちも首を傾げる。
雪解けの進んだ雪原に降り立ち、息を切らしながら美玲の肩を掴むと、ジャニファは至近距離で尋ねた。
「ミアラはどうなった?救えたのか?」
「あ、はい、さっき……」
美玲の視線を追い、ミアラと精霊王の姿を見つけたジャニファはその肩から手を離し、強張っていた表情を崩した。
「そうか、よく頑張ったな、四人とも」
そして順に四人の頭を撫でた。
「ジャニファさんも怪我していないみたいでよかったです」
ジャニファに頭を撫でられ、嬉しそうにかれんが言う。
「それよりもそんなに慌ててどうしたんですか?」
少し照れた様子の志田が尋ねると、ジャニファは再び表情を曇らせた。
「話は後でする。とにかくこちらが解決したのなら蒼の渚にすぐ戻ってくれ、大変なことになった」
「大変なことって……フレイズとネフティさんに何か?」
市原が尋ねると、美玲は底知れない不安が足元から駆け上がってくる気配を感じた。
二人に何か悪いことでも起きたのだろうか。
美玲は心臓が痛くなるくらい緊張した。
「ああ、ネフティは無事だが、フレイズが大変なことになったんだ。今ネフティが治癒魔法を使っているが、回復が追いつかない」
「えっ……?!」
美玲は目の前が真っ暗になったような気がして、体が揺らいだ。
ミアラを助け出し、さっきまでの楽しかった気持ちも全て消えてしまった。
「どうして……フレイズに何があったんだ?」
市原が倒れそうになった美玲を支え、代わりに尋ねる。
「あいつはベルナールとか言う奴と戦ったんだが、勝ったものの、かなり消耗してしまってな……」
「そんな……」
市原も言葉を失い、かれんは志田と顔を見合わせた。
(フレイズの回復が追いつかないって……どう言うこと?なんで??)
頭の中でぐるぐるとジャニファの言葉が回り、市原の問いへの答えも耳に入ってこない。
「どうしよう、市原、フレイズが……」
「永倉……きっと大丈夫だ。フレイズなら大丈夫……」
無事を祈って送り出してくれたフレイズの危機に、美玲は不安でたまらない。
市原もまるで自分に言い聞かせるように美玲の肩を叩き励ました。
「ミレイとミアラの持つ力なら多分奴を救えるはずだ。ミアラのハープは強い癒しの力を秘めているからな」
その言葉にハッとして顔を上げると、向こうから美玲たちの異変に気づいたミアラが精霊王と共に駆け寄ってきた。
「彼女がミアラか……」
「うん、精霊王はもう敵じゃなくなったから大丈夫。風天の言った通りになったんだ」
志田がジャニファの呟きに頷き補足する。
ミアラは美玲のほおを手で包み、下まぶたのあたりを撫で、抱きしめた。
「どうしたのです、ミレイちゃん、お顔が真っ青だわ……」
「ミアラ……お願い、力を……貸して……」
美玲がミアラの肩に顔をうずめ、涙をこらえながら震える声でたのむと、詳しく聞く前にミアラは頷いてくれた。
優しい手つきで髪を撫でられ、だんだんと美玲の気持ち落ち着いてくる。
「もちろんよ、いきましょう。サシェ、ねえいいでしょ、おねがい。今度は私たちが彼女たちを助ける番よ」
『わかった。急ごう』
ミアラの願いに二つ返事で頷くと、精霊王は大きな鳥の姿に変化した。
『乗るといい。一飛びで連れて行ってやる』
「え、でも精霊王は召喚しないと妖精の世界には来れないんじゃ……」
ユンリルを閉ざす檻を壊すために精霊王を召喚した時は、かなり大袈裟な儀式をさせられたのに、とかれんが戸惑ってあとずさった。
妖精の世界に入った途端に消えられてしまったら多分地上に真っ逆さまだ。
かれんたちには羽がないのだから。
『俺はミアラと契約したも同然だからな。精霊とその契約者は一心同体、どこまでもついていくものだ』
サシェは嬉しそうに翼を伸ばしてミアラの肩を抱いた。
精霊王の胸元の羽毛に埋もれてしまったミアラはそこから抜け出すと、少し恥ずかしそうにはにかみながら精霊王の背に乗った。
「さあ、時間がないのでしょう?」
美玲は伸ばされたミアラの手を掴み、精霊王の背に乗った。
思った以上のふかふか具合に美玲は驚いた。
それにとても温かくていいにおいがする。
夏の夕方に取り込んだ、お日様の匂いがする洗濯物を思い出した。
ミアラの手を借りてかれんたちもその後に続く。
「しかし、こんなに大きくては私が通ってきた道は通れぬぞ」
最後に乗ってきたジャニファがいうと、ティンクルが胸を叩いて体をそらせた。
「それなら、道はボクたちが開いたものを使ってよ。このゲートなら精霊王を通すことも簡単さ」
ティンクルが右手をスライドするとゲートが3倍ほど大きくなり、精霊王の大きさも通れるくらいになった。
「もちろん、ちゃんと蒼の渚に出られるようにしましたわ」
ゲートの向こうには遥か下に見覚えのある海と砂浜が見える。
夕暮れに染まったオレンジの海だ。
「キミたちが通り抜けるまで、ここはちゃんとボク達がキープしておくから安心してよね」
ティンクルが言うと、ピンクルも頷く。
「二人とも……ありがとう」
『ティンクル、ピンクル、ここの留守を頼むぞ』
「承知いたしました」
『では行こう』
精霊王はゆっくり歩き出し、そして段々とスピードをあげるとゲートへと飛び込んだ。