まぐれ?
少し飲みすぎたかもしれない。お腹が水でたぷたぷする。
「ふー、生き返った〜!」
お腹をさすりながら市原が言う。それを見て、水精霊はクスクス笑っている。
「ごちそうさま」
お礼を言うと、水精霊は優雅にお辞儀をしてセレイルの傍に留まる。
「セレイルさん、ウンディーネってそう言えばなんなんですか?」
「ウンディーネは水の精霊さ。ベルの呼んでいた風の精霊はシルフだよ。ミレイちゃんは水の属性を持っているっていうから、ウンディーネの加護が。ナイト君にはシルフの加護があるはずだよ」
「ウンディーネ…」
「シルフか…」
美玲はセレイルの傍の精霊を眺める。青く、半透明の少女の姿をした可愛らしいものだ。
あれを自分にもよべるのだろうか、と手のひらを見つめる。
「待たせたな。全員回収したぞ」
そこへ、ガシャガシャと鎧の音を立ててベルナールがやってきた。どっかりと草の上に腰を下ろし、兜を脱いで額の汗を拭う。
「お疲れ様、ベル」
「やー、こないだよりアイーグ増えてないか?苦戦しちまったなぁ」
「そうだねえ。こんな危険なところからは早くおさらばしたいもんだね」
彼は慣れた手つきで水精霊から水を受け取り、飲み干している。
「俺たちにもさ、ベルナールさんたちみたいなこと、できるのかな」
「うーん…」
二人の様子をじっと見ながら彼らがアイーグたちを消し去ったときのことを思い出してみる。
「確かこういう風に、手を出して…」
美玲のつぶやきに、市原も同じように手を伸ばす。
確か精霊の名前は…と、セレイルの言葉を思い出す。
「ウンディーネ」
「シルフ」
それぞれに唱えてみたが何も起こらない。
「ま、あたりまえか」
少し残念そうに二人でため息をついてあははと笑う。
そんな簡単に使えるものではないようだ。あの二人はあんなに簡単に魔法を使っていたのに。
妖精だから魔法を簡単に操れるのだろうか。
考えても仕方のないことだと、隣の市原をちらりと見て、胸に手を当てる。やっぱりまだドキドキが続いていて、ほっぺもあいかわらず熱い。
深呼吸して心臓を落ち着かせようとするけれど、意識すればするほど難しい。
さっきまで普通に話せていたのに、一旦意識してしまうとどうにもドキドキし始めてしまう。
ずっと見ていたいわけでもないのに、視線を外すことができない。
「おいおいおい、こりゃぁ…」
「なんてこったい」
そんなとき、背後から聞こえたベルナールとセレイルの唸り声に我に返る。
振り返ると、他の騎士達も皆空を見上げている。
つられてみあげると、空には半透明の人魚と、半透明の天使がいた。だがそれらは美玲と市原に微笑み、手を振るとすぐに消えてしまった。
「上級精霊じゃないか…!」
「嬢ちゃんたちが呼んだのかい?」
「え…」
ベルナールたちだけではなく、他の騎士たちも美玲たちを期待の目でみている。
自分たちが召喚した、と言う自覚がないため、どう答えていいかわからず、二人は首を傾げることしかできないでいる。
「無自覚なのかい?これはひょっとすると…ねぇ、ベル」
「嬢ちゃんたちがこのレベルの召喚が可能なら、残り二つの属性の子どもをみつけたら精霊王の召喚も可能かもしれないな」
「それなら陛下を助けることもできるのかい?」
「おそらくな」
ベルナールの同意に、セレイルは膝を打って立ち上がった。
「こうしちゃいられないね、さぁ皆、休憩はもういいね。先を急ごう」
隊長の命に騎士たちはせわしなく準備を整え、立ち上がる。彼らの表情はどれも期待に満ち、笑みさえ浮かべている者もいた。
「驚いたな…まさか俺たちにもできたなんて」
「う、うん」
市原と目が合って、口から心臓が飛び出そうになり、思わず口を押さえた。
上級精霊を呼べたことよりも、市原のことで頭がいっぱいだった。
かれんも同じ気持ちだったのだろうか。
「ベルナールさん達みたいな合体技もできたりするかもな」
「…っ!そ、そだね…」
親友のことを思い、ウキウキという市原とは対照的に、暗い気持ちになる美玲だった。
かれんの好きな人を好きになるわけにはいかない。だから。
(別に好きなんかじゃない、好きなんかじゃない)
必死に自分に言い聞かせ、立ち上がった。