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悲しみを溶かして①

 光がおさまると、精霊王は雪原にゆっくりと膝をつき、後ろに倒れた。


 陽の光と同じ金の髪は乱れて広がり、まるで雪に絡んで溶け込んでいるかのようだ。


「行こう、みんな」


 儀式の邪魔をする力はもう精霊王にはないだろうと、なぜか美玲にはわかった。


 とにかく今優先するのはミアラを助けることだ。


 この雪原に吹き荒れる暴風も止めなくてはならない。


『ま……て……』


 歩き始めた四人を、かすれ声で精霊王が引き止める。


 後ろを振り返ると、上体を起こした精霊王が震える手を必死で伸ばしていた。


「精霊王様……!」


 力がうまく入らないのか、ガクリと倒れそうになった時、すかさずピンクルとティンクルが駆け寄り、その両脇を支えた。


『ミアラに手出しはさせぬ、許さぬぞ!』


 荒い息を吐きながら声を振り絞っていう精霊王に、四人は向き直った。


「だから、あたしたちはミアラを助けにきたんです。傷つけたりなんかしません」


 ティンクルたちといい、精霊王といい儀式の邪魔を何度もされ、この寒さも相まって美玲はイライラしていた。


『ミアラを助ける……?ただの人の子にそんなことできるはずが……』


 疑わしい視線と言葉に四人は顔を見合わせた。もう話を切り上げてはやくミアラのところに行ってしまいたい。


 ティンクルたちにはもう話したことだが精霊王は知らないから仕方のないことなのだけど。


「彼女たちは風天ヴェンティから四天の力を預かってきたと言っていました」


「さっき自分が受けた技の強さを考えれば信じられると思うけど?」


 ティンクルが代わりに精霊王に説明し、それに市原が付け足すと、精霊王は納得が行ったように『そうか……』と一言だけつぶやいた。


 美玲は口を開いた。


「ミアラはとても苦しそうだった……氷から出ようって言っても、行けないって何度も言って、この嵐を起こしちゃったの……」


『それは一体、どういう……なぜそなたが知っている』


「なぜって、さっきミアラから聞いたから」


『なに……?儂が何度語りかけても返ってこなかったのに、何故そなたにミアラが言葉を返すというのだ!』


 精霊王は眉を寄せて嫉妬と怒りに満ちた目を美玲に向けた。


 だが美玲は全く動じずに答えた。


 弱々しい精霊王の姿に、全く威圧感も恐怖も感じなかったのだ。


「同じ水の力を持つからかな……よくわからないけど……とにかく、あなたの真名を知ったことが大きな罪だって言ってた」


『何……何故そのように思ったのだ……ミアラ……』


 美玲の言葉にショックだったのか、精霊王は驚きに目を見開いた。


 真っ青にした顔を歪ませ、必死で涙を堪えながら聞き取れない言葉を何度も呟いている。


「お願いします、あたしたちに任せてみてもらえませんか?」


 美玲は未だ雪原に座り込んだままの精霊王の前にしゃがみ、精霊王を真っ直ぐに見上げて言った。


 美玲を見下ろす精霊王の目が真っ赤に潤んでいて、大人の泣き顔なんて見た事なかった美玲は少しびっくりした。


 でも心を落ち着けて、小学四年生の美玲が知っている限りの丁寧な言葉で精霊王に言った。


「あたしたちもミアラを助けたいんです。そのためにここまで来た……精霊王だってミアラをいつまでも氷の中に閉じ込めていたいわけじゃないんですよね?」


『もちろんだ!だが儂は……何度も試したが彼女を助けられなかった……だから水天アクアに従っていたのに……』


 悔しそうに精霊王が言ったその時、美玲のブレスレットが光り風天が姿を現した。  


『精霊王』


風天ヴェンティ……いや、ちがうな、分身か』


 風天ヴェンティはにっこりと微笑んで頷いた。


『そのとおり。水天アクアに完全に吸収される前、僕は残りの力で分身をつくった。そしてこの子達に持ち出した三天と水天アクアの耳飾りの力を託した。この子たちならきっとミアラを助け出せるだろうと思ってね』


『だが彼女は……』


 ミアラは氷から出ることを望んでいないと、美玲から聞いた精霊王の声は力がない。


『罪だなんて、水天アクアに吹き込まれたのさ。だがミアラはずっとその言葉に縛られている。その言葉の鎖を解くには、精霊王の正直な気持ちを伝える必要がある。ここを覆うほどの悲しみを溶かすために』


風天ヴェンティ……』


 風天は猛吹雪が吹き荒れる灰色の空を見上げていった。


『元々三世界は一つだった。同じ世界に住む物同士惹かれ合わぬものなどと決めつけられる物でもない……幸か不幸かは二人が決めることだと、僕は思うけどね……精霊王はミアラと共にいてどうだったんだい?』


『どう、などと考えるまでもない。幸せに決まっている。ミアラなしではもう儂は生きていけぬほど、ミアラは儂のすべてなのだ。もちろ、彼女もそうだと思っていた……だが……果たしてそうなのか、今は自信がない……』


 最初は力強い声だったが、最後は消え入りそうなほど弱々しい声だった。


 美玲はたまらなくなって口を開いた。


「ミアラも同じだと思います。あたしが夢で見た二人はとても幸せそうだったもの」


 美玲の言葉に弾かれたように顔をあげた精霊王の視線を受け、風天ヴェンティは微笑んで頷く。


 そして申し訳なさそうに表情を変え、深く頭を下げた。


『我ら三天、力及ばず、すまなかった。どうかこの子たちに機会を与えてほしい。この四人ならきっとミアラをすくえると僕は考えている。精霊王、たのむ……』


 そう言い残し、風天の姿は溶けるように消えてしまった。


 最後の力を使い果たしたのだろう。


 もう風天ヴェンティには会えないのだと何となく察した美玲は寂しくなって、ブレスレットを付けた手を拳にしてぎゅっとにぎった。


『人の子らよ……風天ヴェンティの言葉はまことか?必ず、そなたらはミアラを救えるのか?』


「俺たちを元の世界に返してしまってもいいです。でもそうするかどうかは、ミアラを氷から助ける儀式をためしてからにしてもらえませんか」


 志田が言うと、精霊王はゆっくりと四人の顔を順に見た。


 疑うような精霊王の視線には、戸惑いと期待の気持ちが感じられた。


 やがて決意を固めた顔をして、精霊王は口を開いた。


『わかった。一度だけ……一度だけそなたらを信じてみよう……だがしくじった時は……!』


 許さない、と烈火のような怒りがその視線から伝わってきたけれど、美玲たちは動じなかった。


 自分たちにはミアラを救えるという、確信と自信があったからだ。

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