怒りの精霊王
精霊王は巨大な鳥の姿から人間と同じ姿に変化し、暴風をものともせず雪原をずかずかと進んでくる。
『何をしている、貴様たち……!』
「精霊王……!」
ハッとしてティンクルとピンクルは片膝をついてこうべを垂れた。
『ティンクル、ピンクル、これはどういうことだ!』
「精霊王、これは……」
『この空間にこの者たちの侵入を許しただけでなく、ミアラに手出しさせるとは何事だ!』
ビリビリと怒りが伝わる言葉にティンクルとピンクルは返す言葉もなく震えながら控えるだけだ。
『まあ良い、こやつらには儂が直々に引導を渡してやろう』
そう言ってスラリと刀を抜き去った。
『この”晴天”でな』
バライダルと戦った時に見た、大きな刀だ。
「戦わないといけないのか?」
志田が呟いた言葉は、四人全員の気持ちを現していた。
正直勝てる気がしない。
「でも、戦うしかないだろ……!」
市原の言葉に四人は覚悟を決めた。
もう逃げるという選択肢はない。
『ハァッ!』
精霊王が一息に刀を横に薙ぐ。
「みんな、しゃがめ!地晶壁!」
志田がそう言って自分も身を低くさせながら呪文を唱えた。
横に大きく伸びた薄黄色の水晶の壁が四人を覆うが、精霊王のその刀はまるで豆腐を切るようにその壁を水平に切った。
「ヒッ!」
頭の上スレスレを通り過ぎた刃に美玲は息を呑む。
そして頭のてっぺんをさすり、髪があることにホッとした。
「火焔弓!」
精霊王がもう一撃繰り出す前に、かれんが炎の弓に化したバトンに矢を番えて放つ。
放たれた一本の炎の矢はいくつもの火の雨になって精霊王に降り注いだ。
火天の力も得て、威力も上がっている。
なのに。
『この程度か』
精霊王はこともなげに頭の上で太刀を水平に回すと、火の雨は全て消えた。
「暴風蹴撃!」
だが全ての火の雨を消される前に市原が間髪をいれずに風の球を複数作り出し、蹴り飛ばした。
今のうちに自分も何か呪文を唱えなければ、と美玲は慌てた。
攻撃をするか、守りを固めるか。
『こざかしい!』
精霊王が今度は刃先を雪原に叩きつけた。
するとはじかれた雪と氷の粒が風の球を消し去っていく。
「水鏡!」
そのうちの何粒かが四人の方へ向かってきたので美玲は咄嗟に防御呪文を唱えた。
驚いたことに、水天の耳飾りの力のためか、普段より大きな水の鏡を作り出し、その氷のつぶてを全て防ぐことができた。
『詰めが甘い!』
ホッとしていると、その間に間合いを詰めた精霊王が間近にいて、刀身の長いその刀──“晴天”はすでに四人をとらえていた。
「きゃっ!」
驚きに息をのむ。
かれんが小さく悲鳴をあげ、尻餅をついた。
『──終わりだ』
動けず、刃の鈍い色を目で追ったその時。
虹色の光が四人の前に現れ、次の瞬間には四大上級精霊たちが精霊王の刃を食い止めていた。
『父に逆らうか、我が子らよ』
『──あなたさまも精霊ならばわかるでしょう?契約者を失うことのつらさを……だから私達はあなたさまに逆らってでも、ミレイたちを守るのです!』
水皇が刃をうけとめている矛をぐいと押し返した。
『たとえ、あなたさまに逆らうことになろうと、妾たちは引き下がりは致しませぬ。大切なカレンたちを危機に晒したまま放っておけませぬ故』
『そうだよ、僕たちがナイトたちをパートナーに選んだんだ。あなたさまに勝てるとは思わないけど、僕らの全力で守るんだ!』
炎帝と風主も真っ直ぐ精霊王を見つめて言う。
『この老体に鞭打ち、この身を壁としてでもサトルたちを守りましょうぞ……我ら四人の力、父なる精霊王……あなたさまに今こそお見せ致しましょう』
地王がその大きく太い足で雪原をふみしめると地が割れ、鋭い岩石群が槍のように突き出した。
『くっ!』
精霊王はその背に翼を表出させ、鋭い水晶の刃先を飛び上がって避けた。
『風精霊たちよ、今だ、共に放て!』
風主の周りには風精霊たちがいて、風主をはじめ、全員が矢を番えていた。
風主の指示で一斉に風の矢が放たれ、それらはまとまって太く大きな矢となり精霊王にむかう。
風を切り轟音をあげて進むその矢に、炎帝が炎を纏わせた。
『こんなもの痒くもないわ!』
そう言って向かってくる炎の巨大な矢をその大太刀で叩き斬った。
『終わりか?手応えのないことだ』
愛刀“晴天”を鞘に収め、精霊王は美玲達に向き直ろうとした。
『お覚悟を!』
そこへ、間髪入れずに水皇が水流を纏った矛を振り下ろす。
『遅い!』
だが精霊王は鞘に収めたままそれを振るい、水皇の矛を受け止めた。
不思議なことに、水皇の矛が纏った水流は、その鞘に触れた途端蒸気を上げて消えてしまった。
『陽の光の化身たる儂の武器もまた、陽光なり。その程度の水で冷やせると思うな!』
『くっ!』
精霊王が鞘のままを薙ぐと水皇は弾き飛ばされ、雪の壁に身を打ちつけた。
『さあ、人の子らよ、お前たちを守る者たちは退けた。潔く自分たちの世界へ帰るがいい』
「火炎晶!」
精霊王の語りが終わるか終わらないかのうちに、志田とかれんが唱えた。
ずらりと炎を秘めた水晶群が精霊王を取り囲んだ。
「氷嵐舞!」
その水晶群を狙って美玲と市原が間髪入れずに唱えると、氷の礫の嵐は水晶群を破壊し、氷の嵐は炎を巻き上げ、深い青色の炎が精霊王を包み込んだ。
「やったか……?」
市原が掠れ声でつぶやいた。
四人は皆肩で息を吐いて、汗をかいていた。
それほど集中して放った魔法なのだ。
精霊王を飲み込んだ青い炎の光は四人のほおを照らして激しく揺れている。
炎の向こうに目を凝らしてみるが、何も見えない。
『ふんっ!』
次の瞬間、青い炎は一刀両断され中央から精霊王が大太刀を払い鞘に収めていた。
「うそ……」
合体魔法をそれぞれぶつけたのに、精霊王にはかすり傷ひとつない。
ダメージがあるとすれば、服の裾が焦げているくらいだ。
『人の子の力とはこの程度か、やはりもろく、たあいもない……!』
そう言って、精霊王は大太刀“晴天”を鞘から抜き、ぐるりと振って刃を雪原に突き立てた。
美玲と市原が放った雹の嵐の何倍も冷たく激しい嵐が巻き起こる。
「きゃっ!」
「かれん!」
風の強さに耐えきれなくて、かれんは膝をついた。
美玲は駆け寄ってかれんと二人、暴風から身を守るように互いを抱きしめた。
殴りつけるように吹く暴風は、風天のケープなんてなんの意味もないように、冷気が襲いかかる。
『人の身ではこの極寒の暴風には耐えられぬだろう。人の子たちよ、己の限界を知ることは命を守ることにつながるぞ』
「勝手に決めないで……くれませんか……?」
冷気に赤くなった剥き出しの腕を庇いながら、暴風の中、かれんが立ち上がって言う。
かれんにしては珍しく、怒りがこめられた声だった。
「そうだ。俺たちがいつ、限界なんて誰が言った?サッカーのコーチが言ってた。限界を決めるのは、自分だって」
志田も拳を握って立ち上がった。
「その通り!自分が限界って思わなきゃ限界じゃないんだ……!」
市原が拳を突き上げると、同時に四人の精霊石が強い力を放った。
それに合わせ、水皇たちの体も輝き出した。
「そう……ミアラのためにも、妖精の国のみんなのためにも、あたしたちはここで負けるわけにはいかない!」
美玲も立ち上がり、真っ直ぐに精霊王へ視線を向けた。
『ほう……ならば見せてみよ!』
精霊王はニヤリと不敵に笑い、両手を広げた。
(絶対に、負けない……っ!)
四人の強い思いの力がそれぞれの精霊たちに伝わっていく。
「炎帝!」
「地王!」
「風主!」
「水皇!」
精霊の名を呼ぶたびに力がどんどん湧き出てくる不思議な感覚がする。
四人が両手を精霊王へと向けると、四体の精霊は四色の光になって精霊王へと向かって飛んでいく。
四人はあふれ出てくる力を全て精霊たちに注ぎ込んだ。
『くっ、これは……!』
その光の大きさが想定外のものだったのか、余裕の姿勢だった精霊王は驚いた声を上げ、“晴天”とその鞘をクロスさせて四人から放たれた四色の光に身構えた。
だがあっけなくその光は精霊王を飲み込み、なおもあふれる力は悲凍原をも包み込んだのだった。