ミアラの悲しみ
それぞれのパートナーの四大精霊を伴った四人はミアラの氷の前に居た。
ティンクルとピンクルの合体魔法で飛ばされたケープは途中で見つけてそれぞれ身につけ、ミアラの氷の前でも寒さに凍えることは無くなった。
四人の背後にはティンクルとピンクルがいて、不安そうな顔をしながらも、期待を込めた視線を四人に向けている。
美玲たちは誰からともなく顔を見合わせ頷くと、それぞれの持つ武器をミアラの氷に向けた。
すると、ミアラの氷を構成している四天の力に反応したのか、武器についている精霊石が光を放ち始め、共鳴するようにミアラの氷も淡い光を放ち始めた。
「これは……今度こそ、封印が解けるかもしれないね、ピンクル」
「ええ、そうだといいのですが……」
もう封印が解けたかのようにはしゃぐティンクルに、慎重なのかピンクルは硬い表情のまま返した。
四人の頭の中に、精霊石を通じてそれぞれ契約している四大精霊たちの声が聞こえてくる。
『まずは地天の力で足場を安定させるのじゃ』
地王の言葉に従って、志田が精霊石を氷の根元に向けると、地王が淡い黄色光となって氷の根元に、池の波紋のように波打ち、広がっていく。
『次に水天の耳飾りの力を、地天の力に乗せるのよ。大丈夫、美玲ならできるわ』
美玲の精霊石から出る水色の光のなかに水皇が溶けるように一体化して波となり、地天の黄色の光の上にまるで踊っているように波うつ。
『そして風天の力でそれを全体に行き渡らせよう』
市原の精霊石から出る黄緑色の光とともに風主が渦巻くように伸びると、水色の光を竜巻のように巻き上げてミアラの氷に満遍なく行き渡らせた。
『そして、最後……火天の力で水天の力をゆっくり温めていくのだ』
かれんの精霊石からでた赤い光と一体化した炎帝(イフリート】は風に乗り水天の青い光を包み、熱を加えていく。
じわじわと、ゆっくりだが確実に、そして安全にミアラを氷から解放する方法だ。
「あれ?おかしい……どうして?」
力が押し戻される、そんな感覚がして、美玲はミアラを見上げた。
周囲を見回すと、かれんたちは何も感じていないのか、精霊石に集中している。
「やっぱり水天の力だけ耳飾りに入っていたものだから弱いのかな……」
少し弱気になって浮かんだそんな考えを、美玲は首を振って散らした。
「今は、集中……」
風天の分身が命がけで持ってきた力だし、彼も鍵としては使えると言っていた。
それにここまできて諦めることはしたくなかった。
美玲は心の中でミアラに語りかけてみた。
(ミアラ、その氷から出て精霊王に会いに行こう)
──誰?あなた水の巫女?私と同じ力を感じます……。
返事なんてないとおもっていたから、頭の中に直接届いた声に美玲はとても驚いた。
(巫女じゃないよ。ミアラを助けるために風天によばれてきたの)
早くここを出よう、と言葉を続けると、しばらくの間沈黙が続いた。
──行けない……行けません……。みなさまに、あの方に会わせる顔がない……。
「ミアラ……」
──行けないのです、彼を、精霊王を好きになってしまったから……水の巫女の務めも果たさず……!
「そんなことない!私、夢でみたよ。ミアラはちゃんと巫女のお仕事もしていたじゃない!」
「美玲?」
思わず声を上げてしまって、その声の大きさに驚いたかれんたちの視線に美玲は頭をかいた。
──それでも、私は……自分を罰することをやめてはいけないのです。私が犯した罪はあまりにも大きい。
「そんな……」
美玲は混乱した。
ミアラの何が罪なのだろう。
美玲が見たミアラの過去は美玲の知る限り罪というようなものはなかった。
大人は違うのだろうか。
ミアラの犯した罪は子どもにはわからないことなのだろうか。
ただ恋をして、結ばれようとしただけなのに。
水天の言っていた、人間と精霊という、種族の違いが罪なのだろうか。
でも、と、美玲は唇を噛んだ。
それなら美玲がフレイズを好きなことも、罪になってしまう。
かなしくなる気持ちを抑えながら、美玲はミアラに質問を続けた。
(ミアラの罪って精霊王と結婚したこと?)
──それもありますが……最も大きな罪は、人の身でありながら精霊王の真名を知ってしまったことなのです。
(まな?)
──真名とは、彼らの真の名前のことで、彼らの命そのもの。人や妖精は精霊の真名を知ることにより、完全に支配してその力の全てを使うことができるのです。普段は真名を知る機会はないのですが……。
(サシェっていうのが真名じゃないの?)
──違います。言えませんが、彼の方の真名は気高く美しく……。
何かのスイッチが入ったらしく、ミアラは語り始めてしまった。
美玲は聞き流しながらサシェという名はニックネームのようなものらしいことを頭の隅に置いた。
(でもそれってミアラが精霊王に、おしえてっていったの?)
──いいえ、伴侶となるものが知るべきだと、恐れ多くも精霊王ご自身から……。
(じゃあそれ、ミアラ悪くないじゃん……)
精霊王が教えてくれたのに、聞いたミアラが悪いなんて美玲には納得できなかった。
──いえ、辞するべきでした。万物の長の真名を一人の人間が知るべきではなかった。それは永遠に秘すべきものであり、知ることは大きな罪だと、水天様に言われるまで気づきもしなかった、私の浅はかさも含め、この婚姻は大罪であったのです!!
大きな嘆きの声が頭に響く。
そしてそれと同時に、静かだった雪原に極寒の嵐が吹き荒れたのだ。
悲凍原の寒さはミアラの悲しみだと聞いていたが、このことか、と美玲はがく然とした。
「そんな、いまさらああするべきだったとか、そうじゃなかったって言ったって……」
どうしようもないじゃん、と美玲は暴風に耐えながらため息をついた。
『過去は今更変えられないけど、ミアラはその過去の出来事を長い間後悔していて、自分を責め続けていたのね……』
幸せだった大きさが、罪の意識の大きさになっていて、その意識の中から抜け出せないのだろう、と悲しげな水皇の声が頭に響いた。
「美玲?どうしたの、これ、いきなり何が起きてるの?!」
暴風に儀式は中断され、かれんたちは冷たい暴風に耐えながら美玲の元へ集まった。
「どうしよう、ごめん、みんな……あたし、余計なことしちゃったかも」
「余計なことってどういうこと?!キミは一体ミアラになにをしたのさ!」
ティンクルが美玲に掴みかかる。
「おい、乱暴なことするなよ!」
市原がティンクルの手を退けようとするが、ティンクルはその手を払いふたたび美玲の肩を掴んで揺さぶった。
美玲は肩を掴むティンクルの手の強さに顔を歪めながら口を開いた。
「ミアラと話をしたの。ミアラに氷から出ようって言ったんだけど、ミアラは嫌だって……」
「嫌だなんて、どうしてですの?!」
「それは……」
ピンクルの悲しげな問いかけに美玲が言葉をつづけようとした時だった。
輝く白い翼を持った大きな鳥が雪原に姿を現した。
「精霊王……!」
志田がその名をつぶやく。
予想外の人物の登場に、ティンクルとピンクルは青ざめ、美玲たちは顔を見合わせた。