狭間の番人②
志田の言葉通り、水晶の壁はびくともせず、4人を守った。
かれんと美玲は顔を見合わせほっと胸を撫で下ろした。
「へえ、なかなか頑丈じゃん。じゃあこれはどうかなっ!」
そう言うとティンクルは高く飛び上がり、右脚を振り上げる。
渦を巻くような風がティンクルの右脚に集まり、やがて小さな火花がひかりをあげるのが見えた。
そしてそれは黄金の雷になり、ティンクルの右脚全体を覆う。
「雷槌蹴撃!」
ティンクルが雷を纏った脚を振り下ろすと、水晶の壁とぶつかりすさまじい音が内側に響いた。
まるで除夜の鐘の内側に入り外側から突かれているかのよう。
ビリビリと体が痺れ、頭の中が割れるような音だ。
「ほら、もう一発!」
今度は回し蹴りをして、雷を纏った脚で水晶の壁に攻撃をする。
「ティンクル、やりすぎではなくて?」
「いいんだよ!これくらいしないとあいつらずっとここにいるだろ!」
ピンクルのやんわりした静止など聞く耳持たないティンクルは水晶の壁を砕かんと、次々と雷の蹴りを繰り出す。
「これは、なかなか……きついな」
内側で額に汗を浮かべながら水晶の壁を維持している志田がつぶやく。
「大丈夫か、志田」
「そろそろ限界だ……ごめん、みんな、俺の合図で出るぞ、いいな」
心配して市原がかけたその言葉への返答に美玲たちはうなずいた。
「市原、久瀬、二人に頼みたいことがある。俺が壁を消したら、攻撃魔法をティンクルに向けて放ってくれ」
「おっけ、まかせろ!」
「うん、わかった」
「あ、ねえ志田、あたしは?」
何かすることはあるかと尋ねる美玲に、「そうだなあ」と志田は少し考え込んだ様子でゆっくりと目を閉じた。
「永倉は距離を取って、ティンクルたちから反撃された場合にすぐ回復できるようにしておいてくれ」
「わかった」
「雷槌蹴撃!」
ティンクルの、何度目かの雷を纏った脚が振り上げられたと同時に志田のカウントダウンが始まる。
「三、二、一……行くぞ!」
「火焔弓!」
「風射撃!」
振り下ろされた蹴りが届く前に水晶の壁を消し、それと同時にかれんが炎の弓を、市原が風の球を放った。
「ほら壊れた──って、嘘だろ!?」
まさか攻撃されるとは予想していなかったのか、ティンクルは悲鳴まじりの驚きの声を上げた。
「ぐっ!」
突然の攻撃に防御姿勢をとれるわけも無く、ティンクルは両手をクロスして炎の弓と風の球から身を守る。
風と火が混ざり合い、渦巻く火焔の竜巻がティンクルを飲み込んだ。
どうやら出番はなさそうだと、美玲は渦巻く炎の向こうを見て思った。
「さ、今のうちにミアラのところへ走るぞ」
美玲たちは炎の竜巻を背に、ミアラの氷柱へ向かった。
「──っ、氷嵐!」
渦巻く炎の中、ティンクルはそれを打ち消そうと早口で唱えて氷の嵐を巻き起こした。
予想通り、時間はかかったが炎の竜巻は氷の嵐と相殺され、消える。
「あらあら、油断しましたわね、ティンクル」
所々すすけた場所を叩くティンクルにピンクルはおっとりと声をかけた。
焼かれてチリチリになった髪の毛を撫で付け、汚れを落とすように手のひらをパンパンと叩いた。
「ま、これくらい想定内さ」
「それにしては随分慌てていたようですけれど?」
図星を刺されたティンクルは口をへの字に曲げて一瞬ムッとした表情をしたが、すぐに大きく息を吐いて不敵な笑みを返した。
「まあ、ね……まさかあの人の子たちがこんなに強い力を持っているなんて思わなかったよ。でも次はない……ていうかピンクルもなんかしてよ!さっきからボクだけ戦ってるじゃん!」
「ええ、もちろんですわ」
ピンクルはミアラの元へかける美玲たちへ視線を移すと、美玲たちの後ろ姿に手のひらを向けた。
「花姫ノ舞」
穏やかな声で呪文を唱えるとどこからか小さな花びらが舞ってきた。
ピンクに赤、紫、黄色……鮮やかな花びらは美玲たちの元へ飛んでいき、目くらましのように
周囲を飛ぶ。
「なに?!前が……!」
色とりどりの華やかな花びらは白一面の景色に慣れた目には刺激が強い。
美玲たちは足を止めて目を覆った。
「花天旋舞翔」
そしてまた、ピンクルが静かに唱えると、今度は雪の中から蔦が這い出てきて、美玲たちの足に絡みつき、ぐるぐる巻にして動きを封じた。
「はい、捕まえた」
「……」
一丁あがりだ、とにこやかに言うピンクルに、ティンクルはあまりの手際良さにポカンと口を開けた。
「さっさとあの人の子たちを狭間から出してしまいましょう」
薄桃色に淡く光る羽根を動かし、美玲たちの元へ飛んでいくピンクルを、ティンクルもまた、水色に光る羽根を動かして慌てて追いかけたのだった。