狭間の番人①
水蒸気の向こうから現れたかれんは、美玲の無事を確認するとホッとしたように強張った表情をゆるめた。
「よかった、怪我とかは何ともないね」
「う、うん……」
市原の言葉が気になる美玲はなんとなく気まずい気がして、乾いた笑いを浮かべた。
「あ、これ拾ったよ」
かれんから受け取った美玲の武器は溶けた雪のせいで少し濡れていた。
そこへ水皇も戻ってきて、美玲はようやく霜焼けした手のひらを回復することができたその時。
「ボクの魔法を打ち破るなんて、なかなかやるじゃないか、人の子たち」
どこか小馬鹿にしたような、灰色の空に少女の声が響いた。
「誰だ!出てこい、こそこそと隠れてるなんて卑怯だぞ」
溶岩に溶かされた雪の蒸気が晴れ、聞こえてきた声に向けて市原が叫ぶ。
霜柱の攻撃は明らかに敵意を持った物だったことが明らかになり、その術者であるらしい声の主を四人は警戒しながらあたりを見回し探した。
「卑怯?甘くてよ。戦いは勝つか負けるか、ただそれだけのことですわよ」
市原の怒鳴り声を嘲笑うかのような、柔らかな少女の声が返ってきた。
「だ、だれ?」
先程までやり取りしていた声とは別の、聞き覚えのない声にかれんは怯えたように美玲の腕に抱きついた。
「敵は二人……か?」
志田が呟く。
少し低い声と柔らかな高めの声。聞こえてきたのはこの二つだ。
「志田くん、まだ敵と決まったわけじゃ……」
かれんが美玲の腕につかまったまま言う。
「そりゃ敵じゃないといいけど、攻撃してきたんだから少なくとも味方ではないだろ」
たしかに、と志田の言葉で美玲たちに緊張がはしる。
やがて答え合わせをするように二体の妖精が薄暗い灰色の空から舞い降りてきた。
「わたくしはピンクル。世界の始まりの時より精霊王に仕える妖精ですわ」
薄桃色の巻毛を肩まで伸ばした妖精は柔らかな声でそう言うとにこやかにお辞儀をした。
「ボクはティンクル。ピンクルと同じく、古より精霊王に仕える妖精さ」
薄水色の髪色をした妖精は腰に手を当ててふんぞりかえっている。
彼女が霜柱の術者なのだろう。先程聞こえてきた声と話し方が同じだ。
二人とも美玲たちと同じくらいの年齢に見えるが、妖精の容姿と年齢は一致しないのだということは今までにも何度もあった。
世界の始まりから精霊王に仕えているというピンクルの言葉通りならばこの妖精たちは美玲たちよりも遥かに年上、大人なのだろう。
「──で、キミたちは何者だい?ここは三世界の狭間であり……」
「精霊王の至宝を守る場所ですわ」
ティンクルの言葉をピンクルが継ぐ。
「しほう……?」
「あらあら、難しかったかしら、ごめんなさいね?」
小学四年生には難しい言葉だ。
四人が首を傾げるとピンクルは苦笑し、ティンクルはやれやれというふうに肩をすくめて見せた。
「あなたたちにもわかりやすいように言うと……至宝というのは特別な宝のことですわ。精霊王の命と同等……いえ、かの方にとってはそれ以上の至宝」
(精霊王の特別な宝って……ミアラのことだ……!)
直感でそう思った美玲はチラリと氷の中のミアラを視線だけで振り返った。
「あなたたちはどうやってこちらへ?ここ三界の狭間には精霊との関わりを絶たれた人の力だけで来ることはできないはず……」
「ピンクル、聞く必要ないよ。どっちにしろここから出て行ってもらうんだからね、氷嵐!」
ピンクルの言葉を遮ったティンクルが両手を突き出すと、氷の粒が混ざった暴風が吹き荒れた。
冷たい風とそれに舞う細かい氷の粒が四人に襲いかかる。
「前が……みえ、ない……っ!」
口を開くと氷の粒が入ってきて冷たい空気に曝された喉が悲鳴をあげて呼吸もままならない。
風のケープのおかげで何とか寒さには耐えていられるが、氷の暴風で呪文を唱えられず、反撃することも逃げることもできない。
「ボクはずっとこの世界に閉じ込められててウズウズしていたんだ、手加減なんて器用なことはしないからな!それが嫌ならとっととこの狭間から出て行け!」
「地晶壁!」
口元をケープで覆いながら志田が唱えると、美玲たちを薄い黄色の水晶が包んだ。
「サンキュ、志田」
「ああ」
市原の礼に少し咳き込みながら志田が頷く。
冷気に喉を痛めたのだろう。
「水癒唄」
美玲はすぐにシダに回復魔法をかけた。
その間にも志田は水晶をティンクルの出した嵐に壊されまいと力を使い続けている。
「なんだ、そんな壁なんてボクが壊してやる! 嵐狼牙掌!」
氷の嵐では壊せないと言うことを理解したティンクルは、両手を突き出した。
すると、彼女の闘気が変化した青い透明な狼が二匹飛び出し、水晶の壁に襲いかかってきた。
「きゃっ!」
その獰猛な様子にかれんは悲鳴をあげ、美玲は息を呑んだ。
「大丈夫、地王の力で作った壁だ。砕けるはずがないよ」
まるで自分自身に言い聞かせるように志田がつぶやく。
狼たちは大きく口を開けて鋭い牙で壁を砕こうとしたが、やはり志田の言うとおり、それはかなわず狼たちはかき消えた。