美玲の危機②
一方で、静止する志田を振り切った市原は、精一杯雪を踏みしめ沈む足に力を込めて全力で駆けていく。
美玲は諦めているのか、おびえているのか、霜柱をぼんやりとながめたまま全く動こうとしない。
そうしているうちに美玲の足元にヒビが入り霜柱が頭をのぞかせた。
「永倉……永倉!」
強く声をかけると驚きに体を跳ねらせた美玲が市原を見た。
「市、原……?」
その顔には驚きと疑問の中にも安心の色が混ざってみえ、市原は手を伸ばした。
まだ霜柱は体育館のステージほどの高さしかなく、今なら飛び降りることができる。
「永倉、飛べ!」
市原の言葉にうなずき、立ちあがろうとした美玲だったが、それと同時に美玲の足元の雪が割れて霜柱が背を伸ばすスピードをあげてきた。
「永倉!」
「もう無理……市原、危ないから戻って……っ!」
美玲はすごい勢いで伸びる霜柱に振り落とされてなるものかと必死でしがみつく。
霜柱をつかむ指先が凍えて痛い。
フードも外れケープの守りから外れた耳を冷たい風が刻むように吹いてくる。
「もう、ムリィ……」
かじかんだ手はもう感覚がなくなっていて、するりと抜けた武器は気づいた時にはすでに雪原の中に落ちてしまった後だ。
水皇は氷漬けで、武器ははるか下の雪の中。
霜を掴む手も限界で、美玲は覚悟を決めた。
「風射撃!」
その時、市原が放った風の球が霜柱を撃った。
風天の力をもらい、威力も増したそれは霜柱を砕くことに成功した。
「永倉!」
砕けた霜柱から投げ出された美玲は、雪原にぶつかる直前で市原に抱きとめられ、もつれて雪原に転がった。
(ああ、やっぱり……)
火の要素を集めている最中、二人を見たかれんは息を吐いた。
市原の美玲に対する視線と態度に、みとめたくなかった答えを見つけてしまった。
(市原君は美玲が好きなんだ)
元々そんな予感はしていたのだ。市原の美玲に対する態度を見れば。
でも不思議なことに嫉妬心とかそういう感情はかれんの中には生まれなかった。
「いけるか、久瀬」
「……うん、大丈夫、いけるよ!」
(今は、集中……!)
志田の問いにかれんはうなずき、唇を引き結んだ。
火天の力を授かったからか、火の気が少ないこの雪原でも精霊石から火の力を呼び出すことができる。
それに、湿り気の少ない乾燥した空気がさらに炎の力を増してくれる。
「溶岩乱舞!」
二人が声を合わせて唱えると、炎帝と地王が現れた。
二体は火天と地天の力を得て、以前より放つオーラの強さが違う。
地王が踏み鳴らした雪原が割れ、地中から現れた岩石は炎帝の息吹を受け炎を纏い溶岩となり霜柱の大群へ飛んでいく。
それらが霜柱に当たると白い蒸気を上げながら溶けていく。
氷のかけらは残らず蒸気となり、雪原にたちこめた。
凍ってしまった水皇も溶かされ自由になり、ヒレを動かして飛び出した。
「怪我はないか、永倉」
「う、うん……助けてくれてありがとう」
「手、赤くなってる……大丈夫か?」
「だ、大丈夫!」
市原に触れられそうになって美玲は思わず手を隠す。
霜柱を掴み続けていた指先は痛くて痒かったけど、平気なふりをした。
後で回復の魔法をかければいいだけだ。
「でも市原……なんで?どうしてここまでして助けてくれるの?」
美玲には不思議だった。
今までたいして話したこともない男子が。
同じクラスの仲間だからかな、なんてそんなふうに思った美玲だけれど。
「好きなやつを守るのに理由なんてあるかよ」
「へっ?!」
返ってきた言葉は空耳かと驚いて聞き返すと、「しまった」という表情で、あわてた様子の市原が口に手のひらを当てた。
「市原、今のどういう……」
「えーっと……」
美玲の質問に答えない市原は、顔を赤くしたまま目を泳がせた。
そしてしばらく目を閉じたり頭をかいたり落ち着きのない様子でいた市原は、何かを決意したように美玲を見た。
「永倉、あのさ、俺……っ!」
「おーい、市原、永倉!!」
「ねぇ、二人とも大丈夫?!」
だが市原が口を開きかけたと同時に時志田とかれんの声が聞こえて、市原は言葉を続けるのをやめてしまった。
「いまは……言えない。今度言うから……」
真面目な顔をして小さな声で言ってから志田たちの元へかけて行く市原に、美玲は頷くことしかできなかった。