導きのシャボン玉
ふわりふわりと浮かぶシャボン玉の群れは、不思議なことに離れることもなく、かたまりのまま四人の中で一番背が高い志田のすぐ上の高さあたりを飛びながら四人を導いていく。
それを追いかけて雪道を走ったせいか、じんわりと汗ばむくらい暑くて、美玲は手で首の辺りをあおいだ。
「なんか暑くなってきたな……ケープ取っちゃってもいいかな」
「そうだな、寒くなったらまた着ればいいし」
市原と志田はケープを外して腰に巻きつけた。
「うお、さっむ!でも涼しくて気持ちいい〜!」
市原は腕を二、三回さすって大きく伸びをしてからまたシャボン玉を追いかけ始めた。
「おーい、早くしないと見失うぞ」
市原は先に行くと言ってシャボン玉を追いかけて行ってしまった。
「久瀬たちは大丈夫か?汗かいたままだと逆に風邪ひくから、暑いなら脱いだほうがいいぞ」
「いやうちらは……ね」
「うん、ありがとう志田くん、今のところは大丈夫かな」
美玲とかれんは顔を見合わせてから志田に言った。
流石に美玲たちは、年中動き回っていて、冬でも半袖短パンになることもある市原や志田のように寒さには慣れていない。
それにこうして立ち止まっただけでももう暑さはひいていて、ケープを羽織っている状態がちょうどいい。
「そうか?それならいいけど……それなら久瀬、ちゃんとフードは被った方がいいぞ」
耳が痛くなると悪いだろう、とそう言って志田は三つ編みに引っかかって少しずていたかれんのフードを直した。
「あ、ありがと、志田くん……」
「優しいじゃん、志田」
「久瀬たちに風邪引かせるわけにはいかないからな。永倉も気をつけろよ」
「はいはーい」
志田に返事を返すと一応美玲もフードを引っ張り深く被った。
「おい何してんだ、早くこいよー!」
志田と話している間にも市原との距離はかなり離れてしまっていたようで、美玲たちを呼ぶ市原の声はだいぶ小さい。
「今行くー!じゃあ俺たちも行こうか」
「あ、うん」
市原の元へかけ出した志田を追い、美玲とかれんも足を早めた。
「どうしよう美玲……どうしよう」
「どうしたの、トイレ?」
「ちがうよ!そうじゃなくて……もう!」
しもやけだろうか、ほおを赤くしたかれんは唇を尖らせぶつぶつとつぶやいている。
急におかしくなったかれんの様子に、その原因について見当もつかない美玲は、首を傾げつつ雪に足を取られながらも早足で歩く。
志田は美玲たちが行き先を見失わないように歩みを調整して立ち止まって振り返りながら進んでいる。
「あれ、市原何してるの?」
しかし結構な距離があるという予想に反して市原にはすぐ追いつくことができた。
だが市原の様子はどこかおかしくて、美玲の問いかけに返事もしないし、振り向きもしない。
ただ驚いた顔で上を見上げているだけだ。
「市原、おい、どうした?」
「見つけた……」
志田が肩を揺すると、ようやく市原は言葉をつぶやいた。
「見つけたって……何を?」
志田が聞くと、市原はゆっくりと指で上を差した。
美玲たちもその指先を目で追っていくと、そこにあったのは。
「ミアラ……!」
驚きに思わず叫んだ美玲はまじまじと、氷の向こうに目を凝らした。
その姿は夢の中と同じ、ゆったりとした水色のドレスを身にまとうミアラだった。
「……俺,こんな大きな氷初めてみた」
志田が途方に暮れた声で漏らした言葉に、その場にいた誰もが頷いた。
想像していたものよりも何倍も大きな氷の壁の中に閉じ込められたミアラ。
その悲しげな瞳は開かれたまま空の向こうに視線を向けている。
「こんなに大きな氷だったなんて……」
氷からは強烈な冷気が放たれていて、氷の周囲は先ほど歩いてきた雪道とはケタ違いの寒さで、まるで冷凍庫だ。
風のケープ越しでも感じる冷気に鳥肌が立ち、美玲は腕をさすり、かれんは手のひらに息を吐く。
この身をきるような冷たさが、ミアラの絶望と悲しみなのだろう。
さすがにこの寒さはたまらない、と市原と志田も歯をガチガチさせながらさっき脱いだばかりのケープを付け直した。
美玲は冷気が入らないように風のケープの前をあわせ、氷に近づいてみた。
そして恐る恐るその氷の壁に触れようとすると美玲の精霊石が光り、水皇が飛び出してきた。
彼女は氷の壁に触れ、そして額をつけた。
「水皇、どうしたの?」
美玲の言葉に振り向いた水皇の目には涙が浮かんでいて、美玲は驚いた。
『まだ私が水精霊だった時、彼女は私のパートナーだったの』
「え……?」
そして告げられた言葉はもっと美玲を驚かせた。
『私もずっと探していたの、ミアラを……おねがいミレイ!氷を早く溶かして』
「永倉、水皇はどうしたんだ?」
尋常でない水皇の様子に市原たちも戸惑っている。
「ミアラは水精霊だった時の水皇のパートナーだったんだって。とにかく、早くミアラの氷を溶かそう」
市原に答えると美玲は武器を掲げた。
「溶かすって……こんな大きな氷、本当に溶かせるのか?」
市原の問いかけに美玲は雪原に目を落とす。
たしかに、ミアラが閉じ込められているのは美玲たちが想像していたよりも何倍もある大きさと厚みのある氷だ。
四天の力で果たして溶かせるのだろうか、と四人は不安に思っていた。
「わからないけど、とにかく四天の力を使ってみようよ」
美玲は武器の先端をミアラの氷へ向け直してて言った。
ついにこの時が来たかと思うとなんとなく気が焦る。
早くこの氷を溶かしたい。
武器を掲げる美玲の手は緊張で震えている。
氷の向こうの、悲しげに空を眺め手を伸ばすミアラ。
思い出すのは夢でみた、氷漬けになる直前の彼女の幸せな笑顔だ。
早くミアラを氷から救いたい、精霊王に会わせてあげたい。
そんな美玲の気持ちを感じ取ったのか、かれんは美玲の隣に立ち、武器を掲げた。
「そうだね、やってみよう。志田くんと市原くんも、ね?」
「そうだな。そのために風天から力を借りて来たんだもんな」
志田も精霊石の飾られたグローブをつけた拳を突き上げ、市原も精霊石のついたリストバンドを氷に向けて突き出した。
「なんでも試してみないと始まらないよな」
すると,四人の精霊石が輝き出した。
そんな四人をながめる二つの人影がミアラの氷の向かいにに切り立つ崖の上にあった。
「ピンクル、あそこに……侵入者?」
氷のように透き通った薄水色の瞳をもつ妖精が美玲たちを指さした。
「そうね、ティンクル。あれは何者かしら」
ピンクルと呼ばれた、椿のように深い紅の瞳を持つ妖精はティンクルにうなずくと、頬に手を当てて首を傾げる。
「あら、でもあの子たち羽根がないわね……耳もとがっていないわ。妖精でも精霊でもなさそうよ」
「まさか……人の子?」
「精霊王が人の子を召喚したのかしら」
そんな話聞いた?と首を傾げるピンクルの問いかけに、ティンクルは首を振る。
「聞いてないけど……とにかくあれが何者でも排除するだけだよ、ミアラをまもるのがボクらの役目だ」
「そうね、久々のお客さんだもの、しっかりおもてなしして帰っていただきましょう」
「行こうピンクル、ボクたちが先手を打つよ!霜ノ拳」
そう言ってティンクルは崖上から真っ逆さまに飛び降り、勢いをつけて雪原に拳を叩き込んだ。