悲凍原
少し時を遡り、フレイズたちがベルナール率いる四元騎士団と戦っていたその頃。
美玲たちが乗るシャボン玉は雲を抜け、深い霧の中を進み、白い何かの上にふわりと着地しパチンと弾けて消えた。
足元から伝わるのは、サクリとした感触。
美玲はしゃがんでそれに触れてみると、それはとても冷たくて、上の方はふわふわでその下には少し溶けたものが固まったのか、氷の粒のようなものがある。
「これは……雪?」
「マジか、雪?わ、ほんとだ雪だ!」
美玲の呟きに素早く反応した市原も雪をすくって驚きの声を上げた。
だが雪に四人のテンションが上がったのは一瞬だけだった。
ひゅうと吹いてきた冷たい風に四人は素足と腕を庇うようにして屈んだ。
あまりの寒さに四人の歯がガチガチと音を立てる。
今まで温暖で草花にあふれていた妖精の国から、雪に覆われた場所に放り出されたのだ。
「はあああ、ささささぶい……さぶいさぶいさぶい!!」
美玲たちは両手に息を吐き、むき出しの腕を超高速でさすり暖を取ろうとする。
「くくく久瀬、ストーブ出してストーブ」
「ス、スススストーブなんて、だだだ出せるわけないでしょ!」
想いを寄せる市原の頼みにもかかわらず、かれんにしては珍しく強い返しだ。
よほど余裕がないのだろう。
「く、くくく地晶壁アアアアア!!」
こんな寒さにはもう耐えられないと、志田が呪文を叫び拳を雪に埋め込んだ。
すると雪を割って水晶が伸び、みるみるうちに四人を囲む水晶のドームを作る。
「あうぅう……ぷ、ぷ仄火」
震えながら唱えたかれんのバトンの先端に炎が灯る。
そして砂場でやる棒倒しゲームの要領で、四人は協力して手を赤くしながら小さな雪山を作った。
そこに炎が灯るバトンをかれんが突き立てると、四人はようやく暖を取ることができた。
雪の冷たさにかじかんだ指先は赤く、しもやけになってしまったが、手の平からじんわりと伝わる炎の温かさに四人はホッと息を吐いた。
「サンキュ、志田、久瀬」
「ありがとう〜ほんと生き返るわ」
美玲と市原の感謝に志田とかれんは少し照れたようにはにかんだ。
「それより雪があるってことは、ここが風天の言っていた悲凍原なんだよな」
志田の言葉に三人もうなずく。
とりあえず無事に着いたことを喜びたいけれど、これほどまで寒いとは思わなかった。
「バナナで釘が打てそうだな」
白い息を吐きながら市原が手をこすっていう。
「こんなに寒いなんて……」
鼻の頭を赤くしたかれんはガタガタと小刻みに震えながら涙目でつぶやいた。
ジャニファが4人の衣服に精霊石のビーズを縫い付けて強化してくれたといっていたが、残念ながら寒さは防げないようだ。
特にかれんと市原の服は袖がなく、美玲と志田よりも寒そうだ。
と言っても、美玲と志田の袖も半袖なので大差はないのだが。
美玲はそっとかれんを抱き寄せて、暖めるようにゆっくりとその体をさすった。
風天が言っていた、ミアラの深い悲しみで雪に閉ざされた場所は想像よりずっと寒くて、水晶の壁の向こうに見上げた空もどんよりと暗く、雪原にちらちらと舞う雪はまるでミアラの涙のようだ。
「早くミアラを見つけてフレイズたちのところに戻らなきゃね」
いつまでもこんなに寒いところにいたら風邪をひきそうだ。
美玲は外気に冷やされたかれんの腕をさすりながらつぶやく。
「でもあんなところに出る勇気あるか……?」
市原の言葉に三人は返事ができず、冷気を放つ白い地面をただながめることしかできない。
四人とも袖のない服で、あの寒い場所に行けるかどうか……考える必要はない。
無理だ。そんなこと子どもでもわかる。
「どうしよう、このまま動かないわけにも行かないし……」
美玲は手を擦り合わせて手のひらに息を吐いた。
こうしている間にもフレイズたちはたった三人で四元騎士団と戦っているのだ。
それにユンリルやポワンと言った呪いで眠る妖精たちと彼女たちを守る常夜王バライダルの体力にも限界がある。
「そうだ、風天の力と火天の力を合わせて雪を溶かしちゃうってできないかな」
かれんの提案と同時に美玲のブレスレットが光り、手のひらサイズの風天が現れた。
水晶のドームは狭いので、それに合わせて体の大きさを変えたのだろう。
『すまない、確か君たち人間は寒さというものが苦手だったんだよね。うっかりしていたよ』
そして申し訳なさそうに言ってから扇を一振りすると、どこからか現れた薄緑色のケープが四人の肩にかかった。
『風のケープだよ。風の守りで寒さを防げるはずだ』
「本当だめっちゃあったかい〜ありがとう、風天」
ノースリーブだった市原は大袈裟なくらい喜び、風天をおがむように手を合わせた。
たしかに素肌に感じる突き刺すような寒さは無くなり、暖かくはないが少し涼しいくらいにはなった。
『ミアラの場所はミレイの持つ精霊石が教えてくれるだろう。水の力同士引き合うはずさ』
そういうと、ほとんど力が残っていないという風天の姿は溶けるようにして消えた。
「よし、それじゃあ急ぐか」
そう言って志田が水晶の壁を解除した。
一瞬寒さにウッとうなるが、ケープについていたフードを被ると耳も痛くない。
「水の精霊石が教えてくれるって言ってたけど……」
美玲は武器を振ってみたり掲げてみたりするがなんの反応もない。
「待って、美玲、それ少し光ってる」
「へ?」
かれんの指摘にじっと精霊石を見てみると、確かに精霊石が淡く光っている。
じわじわと溢れそうな水のようにうねっている光だ。
「おねがい、ミアラの居場所を教えて」
美玲がそう言うと、精霊石から水色の光が溢れ、やがて沢山のシャボン玉になり左方向へとふわりふわりと飛んでいく。
「ミアラはこっちか、急ごうぜ」
市原が駆け出し、三人も続いた。