全力疾走の後
アイーグの群れの襲撃を受け、セレイルの後ろを必死で追って森の奥深く走り続け、ようやく開けた広場のようなところに辿り着いた。
「ここまでくれば、とりあえずは大丈夫だね」
セレイルの言葉に力が抜け、美玲も市原も膝をついて荒い息をはく。
去年のマラソン大会以来じゃないだろうか、こんなに走ったのは。
「はぁ、はあ…っ」
息が苦しい。心臓がバクバクとしている。
二人は草むらの上にゴロンと大の字に寝転がり、大きく深呼吸した。
「はぁっ、はぁっ、本気の、鬼ごっこでも、ここまで…、走らないよなぁ…」
荒い息を吐きながら市原が言う言葉に、マラソン大会ではなく、この息苦しさが似ているのは鬼ごっこか、と納得した。
そういえばこのだるさは全力で鬼から逃げて捕まった時の感覚に似ている。
美玲はふと、隣に寝転がる市原を見た。投げ出された手に、ドキッとする。
あの手をさっきまで繋いでいたのだ。
必死だったから感覚は覚えていないが、痛いくらいに力強く引くあの感じは覚えている。
(本当に、守ってくれた…)
あの夜、妖精の城で言われた、守るという言葉通りに市原は美玲を助け、守ってくれた。
途端に、それまでなんとも思っていなかった市原を見るとほっぺが熱くなるように感じた。
(だめ…だめだから)
このドキドキも、ほっぺの熱さも走ったせいだ、と言い聞かせる。
でも…。
(どうしよう、ドキドキが…変だよ…止まらない…)
走りすぎて心臓がおかしくなってしまったのだろうか。
「永倉、どうした?」
「な、なんでもない。ちょっと、疲れたなーって…たくさん走ったから」
「だよなぁ。六年との鬼ごっこでもここまで走らねぇよな」
市原が言っているのは、五月に学校で縦割り班を作った時にやった、交流を目的とした大鬼ごっこ大会の時のことだろう。
各班の六年生が鬼になり、下学年を捕まえるものだ。
あの時、六年生から逃げるために一生分走ったと思ったものだ。…美玲はすぐ捕まったけれど。
「大丈夫かい?二人とも」
鎧を着て走っていたのに息も切らせず、平然とやってきたセレイルを見て、大人ってすごいなと感心した。
手を出すように促され、二人は起き上がって言われた通りに両手を器のように丸めた。
「水精霊贈物」
セレイルが囁くように言うと、水差しを持った水精霊が現れ、二人の手のひらの器に水を注いでいく。
不思議と手の隙間からはこぼれず、それはまるでゼリーのようにぷるんと手のひらにおさまっている。
「ありがとうございます」
「いただきまーす!」
とても喉が渇いていた二人はそれに口をつけた。その瞬間、それは口の中に吸い込まれるように入っていく。
とても冷たく、おいしい水だった。
「おかわり!」
一気に飲んだ市原は両手を勢いよく差し出した。
「え、いいんですか?」
自分も欲しかったが一杯だけだろうと思っていた美玲も遠慮がちに聞く。
「いいよ。遠慮なんかしないでたくさん飲みな。ここは霧が深いから、水の元素もたくさんあるしね」
セレイルの言葉に水精霊は頷き、再び水差しを傾けた。
市原は早速二杯目に口をつけ、早々にまた三度目のおかわりをしている。
「じゃあ、わたしも、おかわり……」
少し恥ずかしかったが、セレイルと水精霊の言葉に甘えることにして、美玲も手のお椀を差し出したのだった。