フレイズVSベルナール
砂浜に吹く風が砂をさらい、向き合って立つ二人の足元を吹き抜けていく。
「フレイズ、まだ俺の質問に答えていねぇぞ」
軽い口調で言うベルナールだが、その眼光は鋭く威圧すら感じる。
だがそれには全く動じた様子も見せず、フレイズは口を開いた。
「隊長、隊長は知っているんでしょう?俺があなたたちとは違うって。だからここにくる隊から俺を外した」
違いますか、と問いかけるフレイズの表情と声音は淡々としていて、そこから感情を読むことはできない。
「いや? たしかにお前は他の妖精たちとは違うという気はしていたが、お前を残したのは時期団長候補として俺の代わりにあの城を守れると思っただけなんだが……どうやら買い被りすぎだったようだな。まさかお前が命令を無視して持ち場を離れるとはな」
信頼を裏切ったというベルナールにフレイズは
深く頭を下げた。
「ご期待に添えず申し訳ありません。ですが、俺にとって今のあの城は守る価値がないからですよ」
「守る価値がない、だと?」
フレイズの答えに、ベルナールの眉が上がる。
「お前は……四天の居られる城を守るよりも人の子とハネナシを助けることの方が価値があるとでも言いたいのか?」
ベルナールの静かな声の中にも混じる怒りが伝わってくる。
だがそれに臆すことなくフレイズは答えた。
「あの城は妖精たちのものです。四天のものじゃない」
「何を言ってるんだ、あの城は俺たち妖精のものであり、三世界の支配者である四天のものでもあるだろ」
その四天が妖精の世界にとどまり、自ら支配なさることはこの上ない幸福なことだと、ベルナールは熱に浮かされたように語る。
「違います。本来四天は精霊界にいる存在で、ここを見守りこそすれ、世界を支配する存在ではありません」
ベルナールとの会話の中で、どれだけの記憶が四天に書き換えられているのかを探るための言葉を選んでいた。
だが返ってくる言葉はどれも想定内のものばかりで、これ以上ベルナールとの会話から得られるものは無さそうだった。
逆に、狂気めいた人の子、ハネナシへの憎悪そして四天への憧憬の様子にめまいすら覚えるほどだ。
「……まあいいわ。お前とは意見が合わないようだし、これ以上は時間の無駄だな。さっさとお前を倒してあのシャボン玉を壊しに行かせてもらうぜ」
「隊長なら、そういうと思っていましたよ」
「なら、御明察ってやつだなっ!」
そういうが早いか、ベルナールが大剣を下段に構え踏み込んでくる。
「旋風刃!」
重たい鎧と武器を持っているとは思えないくらいのベルナールの素早さにフレイズは唇を噛んだ。
「くっ!」
ベルナールが下段から振り上げた大剣からつむじかぜが放たれる。
フレイズは髪を何本か切られながらもそれをギリギリでかわすと反撃に出た。
「針葉斬撃」
フレイズの剣撃を今度はベルナールが大剣で凌ぐ。
「うぉら!」
甲高い、金属が擦れる音が響く。
ベルナールが振り下ろした大剣の一撃をフレイズが受けた音だ。
フレイズはそれを受け流し、ベルナールの首筋をねらい身を反転させた。
大剣と剣では軽さが違う。
当然フレイズの動きの方が早いわけで、フレイズはなんなくその刃をベルナールの急所に当てられると思ったのだが。
「遅ぇよ」
フレイズの剣はベルナールが腕を守るためにつけていた籠手で防がれ、さらに大剣を放したベルナールの拳で鳩尾に打撃をくらった。
「か……はっ……!」
防具越しにも伝わるあまりに重い一撃に、フレイズは込み上げてくるものを堪えられず、吐き出す。
やけつくような喉の痛みと苦味にむせていると、ベルナールがとどめとばかりに叩きつけるように大剣を振り下ろした。
「……っ!」
「逃がさんぞ……暴風昇斬破」
フレイズは間一髪で横に転がってそれを避けたが、間髪入れずベルナールは砂に埋まった大剣振り上げ勢いよく振り下ろし真空刃を生み出すと砂礫と共にフレイズを襲った。
「風精霊……!」
フレイズは風精霊を召喚し、風の壁を作って砂礫から身を守り、ベルナールの斬撃で起こった真空刃をかわす。
「もらった!」
しかしそれを避けた先にはすでにベルナールが構えていて、攻撃を避けきれないと判断したフレイズは、籠手をつけた左腕と剣を交差させて大剣を受け止めた。
あまりの衝撃にフレイズの籠手が欠ける。
欠けたそこにはヒビが走り、それはもはや防具の機能を失っていて。
それでもフレイズは籠手を使い、大剣に全体重をかけてくるベルナールの力をなんとか押し返し耐えるので精一杯だ。
だがフレイズがベルナールの大剣を押し返すことは難しく、砂浜に足は埋まっていくし、ギリギリと刃が擦れ合うだけの時間が過ぎていく。
「なあ、フレイズよぉ……お前、何者だ?なぜお前はハネナシと人の子を匿う?それにさっきの言葉……一体何を隠してやがる」
「ぐっ……!」
問われたものの、答える余裕はフレイズに無い。
ベルナールがさらに力を込めると、ついにフレイズはバランスを崩して倒れ込んだ。
だがすぐに立ち上がると、振り下ろされた大剣を力を込めて何とか弾き返し、間合いの内側に身を滑らせる。
「針突連撃!」
「甘ぇよ、お前」
「……っ!」
剣先がベルナールに届く、そう思ったフレイズだったが、気がついたときにはベルナールの膝がフレイズの腹に埋め込まれていた。
その一瞬で何が起きたかフレイズには分からないったが、あまりの衝撃に体が浮いたかと思うと今度は背中に衝撃を受け、砂浜に叩き落とされていて。
ずしりと背中に乗せられたベルナールの足にフレイズは立ち上がれずにいる。
フレイズは全身を襲う鈍い痛みとショックに呆然としながらも、背中の圧迫感に負けじとなんとか呼吸をつなぐ。
「剣士だからって剣だけしか使わねえといけねぇなんて誰も決めてねんだわ。使えるもんは使う。大切なものを守るためにもな!」
(やはり隊長は強い……俺には歯が立たない……)
何をしても一撃も掠らない。それどころか倍以上の反撃を受ける。
「俺……は……俺にだって……」
守りたいものがある、と拳を握り、身を捩ってその足から逃れようとする。
「おーおー頑張っちゃってまあ」
「ぐぅ……っ」
だがベルナールはそれを許さないとばかりにさらに足に力を込め体重をかけてくる。
「ここでお前の羽根を切り落としたっていいんだぞ。だが俺はそれをしない。お前が惜しいからな。お前以上の逸材は今の騎士団にはいない」
もう諦めて邪魔をするのはやめろというベルナールにフレイズはかぶりをふった。
ここでベルナールを止めなければ美玲たちはどうなる。
考えただけでもゾッとする未来に怒りすら覚えたフレイズの脳裏に、ふとヴェンティの言葉が思い出された。
『フレイズ、もしもの時は、僕の……風天の力を解放させなさい。お前は妖精だが、僕の力を分けた分身のようなもの。並の敵はお前の相手にはならないだろうよ』
生みの親の優しい声を思い出してフレイズに笑みがこぼれる。
『でも気をつけるんだよ。風天の力は君の半分以上を作っているものだから、使いすぎるとお前は消えてしまうからね』
(たとえ俺が消えるとしても……美玲たちを守れるなら、いいさ)
本望だ、とつぶやいてフレイズは目を閉じた。
ーーー身の内の奥深く、鍵をかけて閉じられた場所……そこを今、開く。
フレイズがそう念じると同時に、開放感と共に風の力が溢れてきた。
だがその力はフレイズの体には収まり切らず溢れ出て、背中に足を乗せ体重をかけていたベルナールを簡単に吹き飛ばした。
「うぉっ?!なんじゃあこりゃぁ」
尻もちをついたベルナールはその体勢のまま唖然とフレイズの変化を見ていることしかできないでいる。
「本当は四天との戦いに取っておきたかったんだけどなあ……」
フレイズはそう呟くとよろよろと立ち上がった。
「あれは……」
ネフティの魔法で体力を回復しつつフレイズの戦いを見守っていたジャニファとネフティもフレイズの変化に目を見張った。
背の羽根は翼に変化し金の糸で縁取られた艶やかな純白のローブを纏ったその姿は、顔立ちが少し若い風天そのものだった。
ただ風天と違うのはフレイズの腕が翼ではないところだ。
風天は両腕が翼だったが、フレイズは腕があるので、剣を握ることができている。
夕日を受けて朱に染まるはずのローブは内から輝く風天の光によってなのか、眩しいほどの白さだ。
「フレイズ君……君は本当に……」
「あいつ、無茶をしなければいいがな」
「ジャニファ、君がフレイズ君を気にかけるなんて意外だね」
いつも彼には塩対応だったのに、とネフティが首を傾げた。
「そ、そんなことは……それに私だって仲間の心配くらいするさ」
たしかにジャニファはフレイズと何度となく剣を交え、彼女の一方的な思いだが半ばライバル
のようにも思っていたし、彼の強さは何度となく剣を交えたからよくわかっている。
だからこそ、歯が立たないベルナールに対して彼の焦り、苛立ちが見えて、普通に心配しているのだ。
そんなジャニファから仲間という言葉が出たことに一瞬驚いた顔をしたネフティだったが、すぐに嬉しそうに微笑むと、ジャニファはハッとしたように頬を赤らめた。
「と、とにかく我々は回復を急ごう。回復したらあの隊長を眠らせてあいつと共にカレンたちを追うぞ」
「そうだね」
それでも名は呼ばず、照れ隠しのようにぶっきらぼうな態度を取るジャニファに、ネフティはそれ以上何も言わず頷いた。
一方、風天の力を解放して姿を変えたフレイズは、力の入らない膝を意識的に伸ばして風の力を行き渡らせ無理やり立たせる。
(もう少し……もってくれ……)
そしてフレイズは胸の前で剣を捧げると目を閉じた。
「マスター風天……俺に、力を……!」
命をかける覚悟をこめ、生みの親たる風天に念じベルナールに向けて剣を構えた。
「お前、その格好……」
「隊長、黙っていてすみませんでした。実は俺、風天の力を引き継いでいるんです。だから四天のことは誰よりもよく知っていますし、だからこそ、この四天が妖精の国を支配する今の歪な状況は許せないんです」
フレイズの告白に一瞬怯んだ様子のベルナールだったが、すぐにそれをあり得ないと一笑した。
「お前が風天だと?馬鹿いえ、四天は城にいるじゃねえか」
「信じていただけないようで残念です……」
「お綺麗な顔しやがって、残念そうな顔には見えねえがな」
「ええ、想定内でしたので」
にこやかにいうフレイズの言葉に、ベルナールは「あーそーかい」と詰まらなそうに息を吐くと、表情を引き締めて大剣を構えた。
「さて、そろそろ終わりにさせてもらうぞ。ーーー秘技・大旋風(大旋風)暴風刃」
ベルナールが振るう大剣から巨大な竜巻と真空刃が生み出され、フレイズへと一直線に向かう。
「ヴェンティ・ヴィヴァーチェ・アスプラメンテ!」
フレイズもまた、荒々しい風の渦を生み出し、ベルナールが作り出したそれにぶつける。
荒々しい風同士がぶつかり合い、衝撃波が蒼の渚に広がる。
まるで台風の目のように、フレイズとベルナールを中心に暴風が吹き荒れている。
「俺は四元騎士団風部隊隊長であり、騎士団の団長だ。ここで……負けるわけにはいかねぇんだよ……!」
「俺にだって、守るものがある……負けません!」
互いの意地がぶつかりあい、暴風はさらに威力を増していく。
(さすが、隊長……でも……!)
フレイズはさらに風天の力を解放させた。
(俺の力の全てを……!)
フレイズの出した暴風に、緑の光が混じる。それはバチバチと火花をあげはじめている。
「負け、ねぇぇええ!」
ベルナールも持てる魔力の全てを風に注ぎ込む。
大きな風と風がぶつかり合ってどちらも引かない。
「ああ、やっぱり俺の尊敬する隊長はすごい……でも……」
フレイズはトン、と地面を蹴って翼を羽ばたかせ飛翔すると。
「隊長……もう終わりです」
フレイズが掲げた剣に巻きつくように緑の稲妻の混じった風が集まっていく。
そして、フレイズは突然目の前から消えた風の渦に戸惑うベルナールを目掛けて急降下した。
緑の一閃ののち、フレイズが着地をしたと同時にベルナールの体はぐらりと傾き、倒れた。
そして戦いを終え、剣を鞘に仕舞うとフレイズの姿も元に戻った。
だが、力を使い果たしたためかフレイズもまた、その場に崩れるようにして倒れてしまった。
「いかん、ネフティ我々も行くぞ」
突然焦った声で呟くと、ジャニファは回復を切り上げてフレイズへと向かい飛び立った。
「大丈夫か?」
そしてフレイズをだきおこし問いかけるが、フレイズからの返答はなく、ジャニファは追いついたネフティに指示を出した。
「すぐに回復を」
「わ、わかった!大地母精霊癒歌」
「アイーグ、あれを飲み込め。行け!」
ジャニファが命じると地から這い出たアイーグがまだ気を失ったままのベルナールを飲み込んだ。
「おい、しっかりしろ」
生気のない頬を軽く叩くと、うめき声をあげてフレイズが目を開いた。
「お前、随分無茶したな。人の子たちを泣かせる気か?」
「隊長は強くてああするしか……それにしても、君が俺を心配するなんて思わなかったよ」
「そうだな、私もだ」
意外だと弱々しくいうフレイズに不満そうな顔をしてジャニファも頷いた。
フレイズはそのまままた意識を失い、目を閉じてしまい、ギョッとしたジャニファだったが辛うじて呼吸をしているのがわかると、ほっとして彼をゆっくりと砂浜に横たえた。
敷くものがないが、仕方ない。
それに、フレイズがいるのはネフティが出した回復の魔法陣の中だ。
ゴツゴツした岩の上でもないし、大したことないだろう。
「どうしようジャニファ……フレイズ君、かなり消耗していて私の力じゃ回復が追いつかないよ……」
ネフティの言葉にジャニファは頷き、「だろうな」と肯定した。
あれほどすさまじい、命の源とも言える、身に宿っていた風天の力を出したのだ。
「ネフティ、私はカレンたちの元へ向かう。そろそろミアラも見つけた頃合いだろう。ミアラのハープの力なら、或いは……」
「そうだね、フレイズ君は私に任せて」
ネフティに頷くと、ジャニファは悲凍原へ向けて道を開き、飛び立った。