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夏休みに妖精の世界を救うことになりました!  作者: 小日向星海
蒼の渚(アスール・リートゥス)
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懇願と祈り

 花びらに軽い衝撃を受けた泡花サボーネ・フラウは、どういう仕組みか花弁の根本から四人の周りに薄いシャボン玉のような膜が上に向かってゆっくりと上がってくる。


 だが四人を包むシャボン玉は相当大きいものが必要で、完成するまでしばらくかかりそうだ。


「待って、ジャニファさんたちは行かないの?」


「私たちはここで騎士団を食い止める。この様子では、奴らはあちらの世界まで追いかけていきそうだからな」


「でも私たちだけじゃなくてジャニファさんも狙われているんですよ!私たちと一緒に行った方がいいんじゃないですか?」


 すがるようなかれんの言葉にジャニファが首を振る。


「それに、フレイズにあそこまで言われて、このまま後ろを任せるのも悔しいからな」


 よほど悔しかったのか、ジャニファはフレイズに目にモノ見せてくれる、と息巻いている。


 それに、いくら強化されて風主ジン並の力をもつ風精霊シルフたちを連れていても、数の上ではあちらが有利だ。


 ジャニファは無数のアイーグを召喚でき、ネフティはランドラゴンを使役できる。戦力は多いに越したことはないだろう。


「心配するな。全て終わったら我々もお前たちの元へ向かうから」


「はい……」


 ゆっくりとシャボンの膜は壊れないように分厚い膜を作り、大きく丸く美玲たちを包んで行く。 


「ネフティ、今すぐその人の子とハネナシをこっちに渡せ」


 フレイズに話してもダメだと考えたのか、ベルナールは旧友でもあるネフティに言う。


「ベル、わかるだろう?それはむりだ」


 ここは譲れないと、どこか覚悟を決めたような表情でネフティははっきりと断った。


「ネフティ……俺らとお前は長い付き合いの友だが、お前がそのハネナシたちを渡さないというのなら、俺にとっちゃお前はもう友じゃねえ。敵だ」


「ベル……わたしにも譲れないものがあるからね」


 仕方ないねと言い、ネフティもロックハンマーを取り出す。


「あたしらだって本心ではあんたと戦いたいわけではないさ。だからネフティ、大人しくそのハネナシと人の子たちを渡しな」


 すぐ後ろの滝の前にいるセレイルが、今なら間に合う、と懇願するように言う。


「セレー、すまないがそれはどうしてもできない」


「まったく、鉱石みたいに頑固だねぇ……」


 やれやれとセレイルは槍を持ち直した。


 風の壁が消えたら一斉に突撃する手筈なのだろう。部下の騎士たちも同じように武器を構える。


「ネフティさん大丈夫、ですか……?」


「うん。だって今の彼らは……ほら、正気じゃないだけだから」


 心配して尋ねる志田に、あの言葉もきっと本心じゃない、と言うネフティだが、その表情は曇っているし、声に元気がない。


「私たちのことは心配しないで、君たちはミアラを救うことだけを考えて」


「こいつには私がついている。心配するな」


 ね?と優しくいうネフティと、胸を叩くジャニファに、志田とかれんは大きく頷いた。


「フレイズ……」


 四人が乗る泡花サボーネ・フラウを守るように風精霊シルフへ指示を出すフレイズは、美玲に声をかけられ振り向いた。


 そしてにっこり微笑むと、二人の下まできて、美玲と市原の手を取ると、その手のひらに口付けた。


「ふ、フレイズ?!」


「な、何すんだよ、いきなり……っ」


 突然のことに二人して真っ赤な顔で慌てる。


 戸惑い、手を振り解こうとするけどフレイズの力は強くてびくともしなくて。


 見上げてくる真剣な緑の瞳に頭が混乱して、二人とも言葉が続かず、ぱくぱくと口を動かすことしかできない。


「すぐに追いかけるから、どうか無事で。 風天ヴェンティの加護を君たちに……」


 二人の頭を抱き寄せ、自分も離れ難いのだという代わりにその腕に力をこめた。


 そんなフレイズの気持ちを察した美玲と市原はフレイズの背に手を回した。


「フレイズも無茶しないでね……」


「……お前とは決着つけなきゃいけないことがあるから、絶対追いついてこいよな」


 そして二人は願いを込めてそう言うと力を入れた。


「約束する」


 最後にぎゅっと力を込めて抱き合うと三人は離れた。


 もうシャボン玉は美玲の胸のあたりまで出来ている。


 やっと会えたのに、もう離れなくてはならない。


 シャボン玉はみるみる目の前を覆っていき、もう外の景色も歪んでよく見えない。


 ベルナール率いる四元騎士団はどれも隊長の率いる各隊の精鋭で。


 いくらフレイズやジャニファ、ネフティが強くても怪我なく合流できるかわからない。


 美玲は寂しくて、悲しくて、不安でたまらなくなり、シャボン玉の壁に触れた。


 フレイズもそっと手のひらを向こうからあわせた。


 意外とそれは分厚い壁で。


 普通のシャボン玉なら割れているのに、力を込めてもふるんと震えるだけだ。


 声ももう、届かない。


 けれども、その向こうから伝わる手の温かさと、口の動きだけで伝えられる言葉は。


「必ず君の元へ行くから」


 だから泣かないでとフレイズは涙を拭う仕草を

した。


「こいつのことは、俺が絶対守るから、お前は心配するな」


「え?」


 突然市原に肩を組まれ、美玲が驚いてその顔を見ると、彼は少しムッとしたように唇を尖らせた。


「なんだよ約束しただろ、守るって」


 覚えてはいるが、わざらわざ肩まで組む必要はないだろう。美玲は市原の手を解いた。


 フレイズは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑むと。


「頼んだよ」


 そう口を動かして、拳を突き出した。


「任せとけ」


 市原もシャボン玉越しにフレイズの拳に拳を当てる。


 やがて四人を包む大きなシャボン玉が完成し、タプンと音を立てて泡花サボーネ・フラウから浮き上がった。


「さあ、この子たちに上まで運んでもらおう。その時は風の壁も消えるので、お二人は守りを頼みます」


 フレイズがいうと、ジャニファとネフティは頷き、それぞれの武器を握った。


 そして風の壁が消え、四人を包んだシャボン玉は風精霊シルフの作る道に乗り、騎士団が手を出す間も無くあっという間に蒼の渚を離れる。


 まるで外も眺めることができる透明なエレベーターに乗ってるようで、美玲たちはシャボン玉の中で不思議な気分になった。


 騎士団は空から見ると、色とりどりの甲冑が夕日にキラキラしてまるで床に散らばったビー玉のようだと美玲は思った。


「フレイズたち、大丈夫だよね……」


 友だちや知り合いと戦う辛さは美玲にもわかる。


 かつてバライダルに操られていたかれんと志田と戦ったからだ。


「大丈夫って言ってたんだから、信じよう」


 市原が言うと、かれんと志田も頷いた。


「そうだよ。ジャニファさんが負けるわけないもの。きっと大丈夫よ」


「あぁ。いまは俺たちがやるべきことを考えよう」


「そう……だね」


 過ぎていく景色のスピードは思ったより早くて、オレンジ色の光に染まった灰色の雲をどんどん越していく。


 美玲は手を組み、祈った。


(どうか無事でまた会えますように……)

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