初めての感情
精霊石で強化された風精霊が風の壁を作り、四元騎士団から守ってくれている。
そっと見上げると、視線に気づいて向けられた緑の瞳は優しく美玲を映していて。
ほおを照らす夕日の色以上に自分のほおが赤くなっているのを自覚して、それでもその瞳から美玲は目を逸らすことができない。
抱き抱えられ、耳元にこだまするその胸の音は優しくて。
フレイズは敵じゃないとわかったことで、いま
彼に守られているという安心感に美玲を取り囲んでいた全ての緊張が解けていくようだ。
ずっとこうしてそばにいたい、美玲はそんな自分の気持ちに気づき、自覚したはじめての感情に戸惑った。
「ミレイ、みんなのところへ行こう」
一言一言、その低く優しい声が、耳に残る、美玲にとって特別な声で。
この声をずっと聴いていたい。
フレイズのそばにいると、美玲の目に飛び込んでくる世界の全てがキラキラして、特別なもののように見えてくる。
だからそんな一言に少しがっかりしてしまったのを隠すように、美玲は何も言わずに俯いた。
今は悲凍原に向かう途中で、四元騎士団の襲撃を受けていたのだから。
「フレイズ、持ち場を離れてここまでくるとはどういう了見だ?しかも人の子とハネナシを助けるとは……」
背後から聞こえるベルナールの声からは静かな怒りが 伝わってきて、美玲はフレイズの腕の中で身を縮ませた。
「フレイズ、答えろ!」
だが驚いたことに、四元騎士団団長であり、所属する風部隊の隊長でもあるベルナールの問いかけにフレイズはこたえず、「大丈夫だよ」と小さく美玲の耳元でささやくと、かれんたちの元へと運んだ。
「美玲……!」
「かれん!」
美玲とかれんは抱き合い、お互いの無事を喜んだ 市原と志田もほっとして美玲を出迎えた。
「やっぱり敵のふりをしていただけだったんだな」
「教えてくれたらよかったのに」
「あの時はごめんね、怖がらせて」
フレイズは苦笑いをして、怒る市原と彼を宥める志田に謝った。
風天の言った通り、やはり知らない素振りも全部嘘だったのだ。
記憶を書き換えられた妖精たちと四天の動きを探るために、同じく記憶を書き換えられた妖精として振る舞う必要があったのだから。
「でも……マスターが君たちに話しちゃったし、もう隠す必要は無くなったからね。これからは君たちのことは俺が守るよ。約束する」
かれんたちをみて、それから最後に美玲をまっすぐ見つめてフレイズは言った。
「あら?」
その視線にほおを赤くした美玲にめざとく気づいたかれんが美玲を見てくるので、美玲はわざと気づかないふりをしてやり過ごそうとしたけれど。
「美玲、あとで色々聞かせてね」
誤魔化しきれず、そっと耳打ちされた言葉に美玲は頷くことしかできなかった。
「まて、正確には「俺たち」だろう?私とネフティだっているのを忘れるな、松の妖精」
「……そうだね。でもできるのかな、君たちが油断したからこうなったんじゃない?」
もっと警戒をしていれば待ち伏せしている四元騎士団に気付いたはずだとフレイズはジャニファに言う。
「ぐ……っ」
痛いところを突かれ、ジャニファは返す言葉もなく悔しそうに唇を噛み、ネフティは苦笑いをして頭をかいた。
「待ってください、ジャニファさんとネフティさんはここに戻ってからここまでずっと私たちを守ってくれました!フレイズさん、二人を責めないでください」
それまで美玲を見てニヤニヤしていたかれんだったが、ジャニファの様子にサッと表情を変え、二人を守るように両手を広げてフレイズの前に出た。
「そうだね、カレン。でも大切なことだよ。君たちの命が彼らの油断で危険に晒されたんだから」
「油断していたのは私たちも一緒です。私たちも気をつけていなければいけなかった」
違いますか、と怯まず自分を見上げてくるかれんにフレイズは首を振る。
「君たちのような子どもたちの安全を守るのは俺たち大人の役目なんだよ。少しの不注意が今みたいに命取りになる事態を引き起こす」
「フレイズ〜、もうみんな無事だったからいいだろ?それより騎士団をどうにかしないといけないんじゃないか?」
もうお説教はうんざりだと市原はげんなりした顔で言う。
質問に答えないフレイズに業をにやしたのか、ベルナールは妖精の騎士たちに精霊を使って風精霊たちの壁を壊せと命じた。
風主レベルの力を持った風精霊の壁はびくともしないが。
「そうだったね。とにかく君たちは今すぐ悲凍原に行くんだ」
美玲たちが最優先にすべきことは、ミアラをみつけることだと、そう言ってフレイズは美玲、かれん、市原、志田の四人を大きな泡花の上に乗るように言った。
学校でも二重跳びの練習の時に使う、一人用トランポリンくらいの大きさしかない花に、四人して詰めて立つ。
かれんは憧れの市原の間近に立つことになり、思考停止してしまったのか真っ赤な顔をして俯いている。
「本当は一人ずつ入るべきなんだけど、時間もないし、君たち四人なら一つの泡であそこまでいけるだろうからね」
この花の泡は意外と丈夫なのだと、そう言ってフレイズがぽん、と花びらを叩いた。