救いの手
美玲の近くを灼熱の風が通り過ぎていく。
炎の渦に飲み込まれたら、火傷した時の痛みなんて比べ物にならないくらい痛いんだろうなとと思った美玲だけれど、いつまで待っても、痛みも熱さも全く感じなかった。
感じたのは急上昇する浮遊感と、誰かに抱き抱えられる感覚で。
その誰かはきっとあの世からのお迎えで、魂が抜けるときってこんな感じなのかなというくらいの急上昇だ。
ああ、元の世界に戻った時にアイスを食べておけばよかった。
頭の中にそんな後悔がよぎって、美玲の口からため息が一つ漏れる。
かれんたちも天国に行っただろうか。
あの世でまた会えるかな、元の世界の家族はなんて思うだろう。
そんなことを考えていると鼻の奥がツンとして、美玲の閉じた目からあふれそうになるものがある。
鼻をくすぐる、甘さの混じる少し懐かしい香りに、もう三途の川の近くの花畑かと、思いもよらない到着の早さに美玲は目を閉じたまま首を傾げる。
誰かに抱き抱えられているような感覚がずっとしているけれど、美玲を抱えているのはお迎えの天使だろうか。
でも美玲の家にあるのは仏壇だ。
美玲の頭に、仏壇のある家にもお迎えに天使がくるのだろうかという疑問がふと浮かび上がる。
頬に触れる風は夕焼けの陽の光を受けて暖かく、美玲の髪をなびかせているのがわかって、その生々しくも穏やかな感覚に、美玲はそっと目を開いてみた。
一体自分は今どこにいるのだろう、と。
でも真っ先に美玲の目に入ってきたのは景色ではなくて。
「……フレイズ…?」
最後だから、会いたかった人に合わせてもらえたのかな。そんな思いで問いかけると、フレイズは目を細めて微笑んだ。
それはいつものフレイズの表情で、この世界に戻ってきた時に彼から向けられたような敵意や攻撃的なものは全く感じられなかった。
「俺を創ったマスター……風天が君たちの危機を知らせてくれたんだ。だから風精霊たちと風の道を通ってきたよ」
まにあってよかった、とフレイズは泣きそうな顔で言って頬を寄せ、美玲を抱きかかえる指先に力を込めた。
少し痛みさえ感じるその力強さと、頬に触れるフレイズの温かさに、美玲はまだ自分が生きているのだと知ることができた。
「あり……がとう、フレイズ……」
美玲はくちびるがかわき、声がかすれて言葉がうまく紡げない。けれども、
またこうして味方として会えたことにホッとするのと同時に、美玲はかれんの「美玲はフレイズさんが好きなんだよね」という言葉をおもいだして、近すぎる距離がとたんに恥ずかしくて、かれんたちの方へ顔をむけた。
フレイズの言った通り、かれんたちは彼と共にきた風精霊がそばにいてあの攻撃からまもってくれたようだ。
彼らの胸元には大きな精霊石が下げられていて、それはネフティが風精霊の洞穴で彼らに返したたものだ。
「あれがあれば、あの子たちは風主に匹敵する力を振るえるから」
かれんたちを縛っていた風の鎖も彼らが壊し、その手元には奪われた武器も戻っている。
「ジルビア隊長、そちらも返していただきますよ」
「きゃっ」
フレイズのそばにいた風精霊の一人が、驚いた顔で美玲たちを見上げているジルビアの手を風の刃で撃った。
そして彼女が落とした美玲の武器をもう一人の風精霊が拾い上げ、美玲に手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
無言で差し出されたそれに、美玲は戸惑いつつも礼を言って受け取る。
「待つんだ……!」
取り返そうと手を伸ばしたグリルは、風精霊が起こした小さな竜巻により吹き飛ばされた。
不意をつかれたグリルは、もんどりうって派手に転んだが、足元は砂浜なので大した怪我はしていないようで。
「クソ、油断したか……」
おきあがったグリルはぶつぶつと呟きながら砂をはらっている。
四天の鍵が全て手元に戻り、これでミアラの元へいける、と美玲はぎゅっと水筆の形をした武器を抱き締めた。