油断
呼べば水皇はすぐに美玲の元へもどってきた。
だがそれと同時に、どこからか呪文を唱える声が聞こえてきて。
「風霊鎖!」
「水槍雨!」
聞き覚えのあるその声に美玲に緊張がはしる。
「水皇小夜曲」
間に合って、と願いながら呪文を唱え、守りの水幕を張った。
しかし間に合わず、水の幕が護る前に風の鎖と雨のように降り注ぐ水の槍が泡花の前にいるかれんたち目掛けて飛んでいく。
「だめっ!」
美玲の悲鳴まじりの声に気づいたジャニファがハッとして短剣を抜く。
「敵か?!」
「しまった、みんな伏せて」
気付くのが遅れたネフティとジャニファは、かれんたちに頭を低くかがめさせ、その上に守るように覆い被さるのが精一杯だった。
「そんな……」
水の槍が降り注いだそこは砂煙がもうもうと上がり、何も見えない。
『ミレイ、気をつけて』
あぜんとする美玲に水皇が声をかける。
「地精霊鐘」
「きゃっ?!」
甲高い声が唱える呪文とともに、美玲の足元から蔦が伸び、あっという間に縛り上げられ、その時砂浜に武器を落としてしまい水皇は消えてしまった。
なんとか抜け出そうとする美玲だったが、キリキリと締め付ける草の力は強力で、少しも外れそうな感じがしない。
(かれんたちは……無事?)
ようやく砂煙が晴れたそこでは、かれんたちもそれぞれ風の鎖に捕らえられてしまっている。
五人とも自由を奪われてはいるが、大きな怪我はないようで、美玲はホッと息を吐いた。
「皆ご苦労さま。これでハネナシと人の子を捕らえることができた」
美玲の後ろから現れたのは、赤、青、黄、緑の羽飾りをそれぞれ兜につけた四人の妖精が率いる四元騎士団だった。
彼らは美玲たちを逃さないよう出入り口と空と広場のすべての周囲を取り囲み、美玲たちへ武器の先端を向けている。
美玲が見た滝に映った光は、彼らの兜に反射したものだろう。
「ベルナールさん、セレイルさん……」
自分たちへ武器を向ける騎士を従えるそのひとたちの名を呟き、ハッとしてフレイズの姿を探す。
「四元騎士団の全部隊がくるとは、城の守りは良いのか?もうすぐ夜が来るのだぞ」
アイーグの群れが城をおそうぞ、というジャニファの挑発的な言葉に、ベルナールが口角だけを上げてニヤリとした。
しかしその目は笑っていない。
敵を確実に消し去る命をうけた、騎士の目だ。
「お気遣いどうも。だが優秀な部下たちに城の守りは任せている。ここにいるのは俺たち各部隊長直属の騎士だけだ」
つまり美玲たちを捕らえるためにこの場所へ風、火、地、水の精鋭部隊が集っているのだ。
だがフレイズの姿はない。おそらく城の守りにあたっているのだろう。隊長のベルナールの代わりに指揮をとっているのかもしれない。
風天からフレイズは記憶の書の影響を受けていないと聞いた後だったから、彼がいたら助けてくれるかもと期待したのだが、と美玲は肩を落とした。
「女王陛下は我々に命じたのさね。全精鋭を投じ、あんたらハネナシと人の子を消せ、とね。常夜の国へ送り返すだけだとこうして出てきちまうからね」
セレイルの消す、と言う言葉に美玲の背筋が凍る。
「待っておくれ、ベル、セレー。君たちは四天に操られているだけなんだ」
馬鹿なことはやめろと彼らの友人でもあるネフティが叫ぶ。
「それはこっちのセリフだよネフティ。あんたは糸の切れた凧みたいなやつだけど、人の子とハネナシと一緒になってこんな馬鹿なことをしでかすとは思わなかったわ。しっかりおしよ」
やれやれと大きく息を吐くセレイルは呆れた顔で首を振った。
「あんたたちがここに来るって四天がが予見したから来てみたけど、本当に現れるとはね。ここで一体なにをしようってんだい?」
「貴様らにそれを話すとでも?」
セレイルの問いかけをジャニファが鼻で笑う。
「へえ、アンタのその余裕がいつまで持つか、見ものだねえ。召喚、水精霊」
セイレーンが呼びかけると、配下の騎士たちも同じく召喚をし、多くの水精霊たちがあらわれ、持っている鉾の先端をジャニファたちに向けた。
体や武器は親指程度と小さいが、精霊の扱う力は体の大きさとは関係ない。
かれんたちを傷つけるのはかんたんなことだろう。
「ベルさん、セレさん、このハネナシと人の子たちはもう片づけちゃってもいいですよね?ネフティ様はどうします?」
美玲のすぐ後ろにいつのまにかきたジルビアが抑揚のない声で尋ねる。
その甲高い声は先程美玲を縛り上げた呪文の声の主だ。
彼女の手には拾い上げた美玲の武器がある。
「ネフティには手を出すな。消すのはハネナシと人の子だけだ」
「了解でーす」
「あと、人の子たちの武器は回収な。上級精霊石を持ち帰れとの命令だ」
ベルナールの命令で、かれんたちの武器も騎士団にうばわれた。
「ふざけんな、返せ!」
「ちょっとやめて、触らないで!」
「……っ、かえせ!」
かれんたちもなんとか抵抗しようとするが、大人の力には敵わない。あっという間に三人の武器も奪われてしまった。
ミアラを救うための力を秘めた大切な鍵が。
風天が託してくれた大切な力が奪われた。
このままだとミアラを救うことも、世界を救うこともできない。
「やめろ、やめてくれ!ベル、セレー!」
ネフティの呼びかけも、めんどくさそうに耳をほじるベルナールや毛先をいじるセレイルには届いていないようで。
「このままだと、世界が……」
伝えることを諦めたのか、ネフティの声もかぼそく消えいってしまう。
「安心しろ。お前は俺の部隊が喚んだ火精霊たちの炎で苦しまないよう一瞬で燃やし尽くしてやる」
火精霊を足元に控えさせた火部隊を率いるグリルが美玲に向けてさわやかに言うが、全然安心できない。
「かわいそうだが、人の身で妖精の国に来たことを後悔することだな」
やれ、と言うベルナールの短い号令で、グリルたちが火精霊たちに命じる。
「火精霊吐息!」
大きな口を開けた、トカゲの姿をした火精霊たちが一斉に炎を吹く。
そしてかれんたちに鉾を向けた水精霊を控えさせた部下たちにセレイルも命じた。
「水槍雨!」
鋭い水の衝撃は硬いものを砕くことは容易だ。
至近距離で放たれたのなら尚更だ。
美玲たちはこのまま燃やし尽くされ、水に貫かれ、終わってしまうのだろうか。
目を瞑る瞬間、美玲の目に最後に見えたのは、
真っ赤な炎の渦だった。