蒼の渚(アスール・リートゥス)
風の道を通り、美玲たちは蒼の渚に到着した。
どこか懐かしい磯の香りと、少し肌にまとわりつくような湿り気のある風が吹くそこは、静かな波音が心地よい、穏やかな海のそばだ。
妖精の国の海も美玲たちの世界の海とは変わらない。
寄せては返す泡立った波が、キラキラと陽の光を反射して砂浜に痕を残し去っていく。
「海だー!きれいだな」
「市原、遊んでいる暇はないぞ」
「わかってるよ」
靴を脱いで今にもかけだしそうな市原だったが、志田に注意されて靴のまま波をひと蹴りし、先へ進む美玲たちを追いかけた。
「泡花はこの奥だ」
少し傾きかけた、オレンジがまざる光が照らす浜辺の反対側に、水に削られてできた小さなトンネルがある。
小さなトンネルなので出口はすぐで、灯は水で削られた穴から差し込む陽の光で十分だ。
そんな小さなトンネルを、ジャニファが先導して先に進む。
トンネルの出口に近づくにつれ、足元には瑞々しい青色の水精霊石が水晶群となり点在している。
水の要素が多くなっているのだろう。
海の近くとは違う、澄んだ水の匂いを確かめるように美玲は鼻で大きく息を吸った。
「この奥にあるのは、水精霊の花舞台とも呼ばれる場所でね。音楽を好む水精霊たちが演奏を楽しむ場所だと言われているよ」
ネフティの話を聞きながらトンネルを抜けると
、その光景があまりにもきれいで、思わず美玲たちの口からため息が漏れた。
そこの広さは体育館ほどで、あたりを囲む藍色の岩壁からは、川から流れ込む水が滝となり細かい飛沫をあげている。
見上げれば、傾きかけた陽の光が照らすオレンジに飛沫がラメのようにキラキラときらめき、岩壁を隠すように流れる滝に小さな虹の橋をかけている。
「こんなきれいな場所……はじめてみたよ」
美玲がうっとりと呟くと、突然精霊石が輝き水皇が姿を現した。
「水皇?どうしたの?」
故郷が懐かしくて出てきたのかと思ったが、どうやら違うようで、水皇の表情は険しい。
『みんなが……水精霊たちがいない……』
探すと言ってあたりを見回しながら泳ぐように飛び回る。
『どこ?姿をみせて!』
「水皇……」
水皇は小学校の体育館ほどの広さしかない場所をぐるぐると泳ぎ回り、水精霊たちに呼びかける。
その必死な様子に胸騒ぎと不安をおぼえた美玲はジャニファとネフティを探した。
すでに二人は、一番奥にある滝の前で咲く白い大きな花のそばにいた。
あれが泡花だろう。
水精霊石が囲む花のその中央からは、シャボン玉のような大きな泡がぷかりぷかりと飛んでいく。
そこにはかれんたちも一緒で、三人は珍しそうに花から生まれ飛んでいくシャボン玉を見上げている。
「お、水皇もここに来られて楽しそうだね」
呑気に言うネフティは、水皇の焦る表情には気づいていないようだ。
「美玲も早くおいでよ!」
「う、うん……」
水皇の様子が気がかりだったが、かれんに手招きされて美玲も泡花へ向かおうとした。
だがその時、滝の向こうで何かが光ったように見えた。
「水皇!」
嫌な予感がした美玲は水皇を呼び戻した。