風天(ヴェンティ)の望み
風天の話を聞いて、フレイズの態度が仕方のないことだとわかっても、美玲の気持ちはどこか晴れずにいた。
「でも一言は欲しかったよなあ……」
同じように思っていたのか、市原が頭の後ろで腕を組んでつまらなそうに言う。
四人の中では美玲と市原がフレイズと一緒に過ごした時間が多いこともあり、複雑な気持ちは同じなのだろう。
「敵を欺くにはまず味方からって言うだろ。仕方なかったんだよ」
「なんだよ、志田まで」
肩を叩く志田に市原は口を尖らせた。
「ていうかさ、水天は自分でミアラを封印したくせにパニくるとかって意味わかんねーんだけど」
市原は水天のことがどうしても許せないらしく、言葉にも苛立ちが現れている。
そんな市原に風天は首を振った。
『水天がしたのは、ミアラの持つ魔力を暴走せたことで、直接封印したわけじゃないんだ。ミレイ、よく思い出して欲しい。夢で彼が言っていた言葉を』
「たしかーー身のうちの力に滅ぼされよーーだったかな」
突然話を振られて戸惑った美玲だが、何度か夢の内容を説明したためか、まだ鮮明に覚えていた。
夢で険しい顔の水天にミアラが叱られている場面は、まるで自分が叱られているようにも感じて怖かった。
今も耳元に水天の怒り声が聞こえてきそうで、美玲はそれを吹き飛ばすように首を振った。
『彼は普段は温厚で、あまり感情を露わにすることはなかったんだけれど……あんなに取り乱した水天は初めてだったよ』
それほどまでミアラの存在は水天にとって大きいものだったということだろう。
『話を戻そうか。確かに、彼は子供たちとの戦いで失った力を妖精の女王の魔力で補い復活できたから、やはり君たちは彼にとっては用済みだろう。でも僕の望みを叶えるにはどうしても君たちの力が必要だったから……もう一度来てもらったんだよ』
「あなたの望み?」
予想外の風天の言葉に首を傾げるかれんに風天は深く頷いた。
『人の子の力は何故か三界のどの種族より強い。そこで君たちには、僕が持つ火天、地天、風天の力と、水天の耳飾りを使い、今度こそミアラを救ってもらいたい』
もともとミアラを救いにここまできたのだ。
断る理由はないと、四人は大きく頷いた。
四人の決意に満ちた表情に、風天は硬くなっていた表情をゆるめ、頭を下げた。
『ありがとう。僕はずっと、ミアラを救ってくれる人の子が現れるのを待っていたんだ』
そう言うと風天は持っていた深緑の扇を水平にした。
すると、その上に赤、黄色、黄緑、青の四色の光が現れる。
『これが僕たち四天の力だよ。さあ四人とも、武器を掲げて』
風天に言われて四人は武器を取り出し、掲げた。
火天の赤い光はかれんの精霊石へ。
風天の黄緑の光は市原の精霊石へ。
地天の黄色い力は志田の精霊石へ。
そして水天の耳飾りは青い光となって美玲の精霊石へと吸い込まれた。
「何、これ……」
かれんが驚きの声を上げた。
かれんだけではなく、美玲も市原も志田も精霊石の変化にそれをまじまじと眺めている。
炎帝の精霊石は今にも炎を吹き出しそうだし、風主の精霊石はその内部に渦巻く風が見え、地王の精霊石はドクンドクンと光が力強く脈打っている。
そして水皇の精霊石はその中に小さな海があるようで、時々気泡が上がったり波打ったりしている。
四天の力を得た四人の精霊石には力がみなぎっているのが見た目にも明らかで、全体的にキラキラと輝くそこからは凄まじい力が伝わるってくのをそこにいた誰もが感じていた。
「これが、四天の力……」
ネフティもジャニファも驚きの表情で精霊石をみつめている。
「ちょっと見せてくれるかい?」
精霊石加工師として我慢できなくなったのか、ネフティが四人の武器を観察し始めた。
「なんという、力に満ちて……」
ジャニファもうっとりとため息を漏らした。
「私もいつか、こんなに力に満ちた石を扱ってみたいものだよ……」
満足そうにそう言うと、ネフティは武器を四人に返した。
『さて、ミアラを氷の柱から救うことは、妖精の国だけでなく、三界ーーつまり妖精界、精霊界そして君たちの暮らす人間界を救うことにも繋がる』
「どういうことだ?水天の暴走はもう収まっているんだよな?」
市原と志田が顔を見合わせ首を傾げる。
美玲も気になって、風天の言葉を待った。
『確かにそうだけど、僕たち四天の役割は、自然の調和を保つこと。今は火天、地天、風天が水天に取り込まれて存在して居ないから、特に人間界の気象に影響が出始めているんだ。心当たりはないかい?豪雨、冷夏、猛暑、台風など。それによる作物の不作とか……』
風天の口から出てきたのは、どれも最近の天気予報で何度も聞いたことがある言葉だ。
それに、元の世界に戻った時ひどいゲリラ豪雨にあったのを四人は思い出した。
『今のように四天のバランスが崩れたままだと、遠くない未来三界は滅びる。急いで水天を倒し、新たな四天を生み出さなければならないんだ』
「四天を生み出すって……?』
かれんが恐る恐るたずねた。妖精だけでなく四天すらつくることが出来るということだろうか。
『精霊王が君たちと契約している上級精霊たちを四天に格上げするのさ』
では風天も水天も、もともとは上級精霊だったということか。
美玲は自分と契約した時の上級精霊が水皇でよかったと心からほっとした。
あの水天が契約相手だったらと思うと、背筋がゾッとして美玲は両腕をさすった。
「でも三天が負けるなんて……水天はそんなに強いのですか……?」
志田が緊張の面持ちで風天に尋ねる。
これからあの水天と戦うなんて、いくら風天から四天の力を貰ったとしても、果たして自分たちにできるのだろうかと風天以外の誰もが不安に思っていた。
『大丈夫』
そう言って風天は四人の不安を吹き飛ばすように扇を一度仰いでから微笑んだ。
『彼女を救うことは三界を救うことだけでなく、きっと、水天も救うことになる。彼が暴走したのは罪悪感からだから、ミアラさえ戻れば……』
きっと水天も正気に戻るだろうと風天は言う。
『それに長い年月が流れ、水天の力も衰えてきているはず。今ならきっと大丈夫』
「でもさっき女王の力を取り込んで失った力を回復させたって……」
勝てると断言する風天に、かれんが不安を口にした。
『自分自身の力ではない、借り物の力だ。いくら水天が僕らの力を制御できるようになったといえども、使いこなせないだろうよ』
風天はクスクスと笑いながら首を振る。
「それから、ジャニファ、君のお姉さんも取り戻せるはずさ。あの体から水天さえ引き離せば……最後の時は僕も力を振るうよ。だから、あきらめないことだ』
「それは……!」
言葉にならなくて、ジャニファは感極まった様子で俯き、感謝の言葉を伝える代わりに頷いた。
「それなら絶対、ジャニファさんのためにも勝たなきゃね!」
かれんの言葉に美玲たちも頷く。
「打倒、水天、だな!」
怖いだなんて言っていられない。
四人は決意を新たにして、志田の言葉に拳を突き上げた。