水天(アクア)の呪い
風天の、その柔らかな表情にフレイズを思い出して、美玲の胸は苦しくなった。
元の世界に帰る前は風天のように優しい眼差しで見てくれていたのに、どうしてあんな冷たい瞳をしているんだろう。
じっと見れば見るほど風天はフレイズにそっくりで、美玲は目を離せなくなる。
『僕は風天の分身みたいなもの……本体は君たちの知ってる通り、トルトという妖精の中に消えたよ』
思い返せば、そのトルトの姿も風天と同じく腕が翼に変化していた。
あの四天の、いろいろなものが混ざり合ったような不気味な姿が思い出され、美玲は寒くもないのに鳥肌の立った腕をさすった。
『しかしこうして無事会えてよかった。君たちを再びこの妖精の国へよびよせたのは、僕だ』
風天から告げられた予想外の言葉に、美玲たちは驚き息を呑んだ。
「だから俺たちが来たのをバライダルが知らないって言っていたのか」
市原のつぶやきに、四人はバライダルの言葉を思い出した。
バライダルは、四人が契約している上級精霊たちの力ではないかと言っていたが、真実は風天が四人を呼び戻したということだった。
このことにジャニファもネフティも言葉が出ないようで、ただ驚きの表情で風天を眺めることしかできないでいる。
「でも待って、なんで風天が俺たちを?だって四天は俺たちを用済みだって言ってたじゃないか」
『あれは四天と名乗ってはいるが、正確にいえば水天だ』
困惑する志田に風天は首を振ってから真剣な表情で四人の顔を順に見た。
『妖精の世界に伝わるミアラの悲劇は知っているね。水天はあのあと、我にかえるとミアラを失ったことに錯乱し、世界を三界に分断しようとした。そして異種族間の婚姻を禁じ、禁を破ったものに呪いをかけることにきめたんだ』
「じゃあ女王様やポワンが眠りについたまま起きないのは水天の呪いってこと?」
美玲は常夜国で見た、羽根を失い眠りに敷く、妖精たちの姿を思い出していた。
ユンリルは妖精でありながら精霊のバライダルと恋に落ち、ユンリルは眠りについた。
ポワンも誰に恋をしたのかわからないが、妖精以外の種族に恋をし、同じように眠ったままだ。
『そう。だが流石にそれはやりすぎだ、と水天を止めようとする僕たち残り三天と戦いになった。そして僕たちは負け、取り込まれてしまった』
その時、本体の風天は今美玲たちと話をしている分身を作り、消えかけていた火天と地天の一部を護り、水天から耳飾りを掠めとり、それらを分身に託したのだという。
『だが三天を取り込んだ水天は力を制御しきれず暴走して、結局彼の望み通り世界は分断されたが三界は荒れ果てた。そこで、精霊王が四大上級精霊の契約者であった人間の子どもたちを妖精界に召喚し、四季の庭で暴走する水天を倒し三つの世界とミアラを救おうとした』
夢で見た、ミアラが氷に閉じ込められるときの、精霊王の表情を思い出して美玲は表情を曇らせた。
『しかし精霊王と子どもたちの力を使っても暴走する水天を倒すことは難しく、封じることしかできなかった。そしてその戦いで力を使い切った子どもたちは彼女を氷の柱から救うことはできなかったんだ』
『水天は封じられる直前、ーーミアラを救うことは我ら四天のちからなくば叶うまい。水はミアラとともにある、彼女の命は水のものだーーそう精霊王に言っていたよ』
「やっぱり精霊王はミアラを人質に取られているってことか……」
バライダルの読みは当たっていたのだ。
それにしても、水天のミアラへのこだわり振りにはゾッとするなと四人はうんざりした顔をした。
そんな様子を見て察したのか、風天は扇をゆったりと仰いで口を開いた。
『僕たち四天にとって巫女という存在は特別でね……水天はミアラが巫女に選ばれてからはそばに置いて大切に育てていた。でも僕にはわかっていた。彼がミアラに抱いている気持ちは従者に向ける気持ち以上のものがあったと』
そして、「巫女に想いを抱くなんて、本当はいけないことだけれど」と小さく付け足した。
「つまり、水天もミアラのことが好きだったってこと?」
思いがけない恋の話に小さな悲鳴をあげ顔を赤らめたかれんに、風天は困ったような顔をして頷いた。
「なんだよ、それ……じゃあ水天はミアラを精霊王にとられたってキレたってことか?それで自分が失恋したからって皆んなに他の種族との恋愛も禁止にして呪いをかけるなんて……」
バカみてえという市原のみもふたもない言い方に風天は苦笑して場を整えるために咳払いを一つした。
『封印されている長い年月の中で、彼は僕たちの力を制御できるようになったみたいでね。封印も脆くなっていて、カタバミの妖精トルトを利用できるまでになった』
そしてトルトを利用して封印を解き身体を奪うと、ジャニファから記録官の地位を奪い、ユンリルの魔力も奪い女王の座にいる。
女王になった四天は記憶の書を書き換えて美玲たちとの交流をなかったことにして、異種族間恋愛をしたものは羽を奪い消し去ろうとしているのだという。
「あの……風天はどうしてそこまで色々知っているのです?そこまで知っていたのなら、あなた自身が水天を止められたのでは?」
「ジャニファ、ちょっと落ち着きなよ」
風天が水天を止めていたら、トルトも利用されずに済んだはずだと納得できない様子のジャニファに追及され、風天は肩を落とした。
『残念ながら分身の僕には本体ほどの力がなくてね、ここみたいに風の要素が強くないところでは実体化はできない。だからこうして機会を窺うしかできなかった。僕が色々知っているのは風精霊たちから聞いたのと、彼とともにある本体の記憶から。それに僕が創った妖精にも色々と調べさせていたんだ』
「あなたが……創った妖精?」
聞き慣れない言葉に誰もが首を傾げ、ネフティが怪訝な顔をして聞き返した。