怒りの理由
「水晶壁!」
とっさに志田が唱え、風の刃は結晶の壁に阻まれた。
だが風精霊たちは構わず風の刃を放ち続けている。
風の刃があたるたびに、みしみしと壁が音を立て、パラパラと結晶のかけらが落ちてきて、美玲たちは頭を庇いながら低い姿勢になる。
「ねえ、風精霊たち何かめっちゃ怒っているみたいだけど……」
怒りの形相の風精霊たちに美玲は戸惑った。
「風精霊は縄張りを荒らされるのが嫌いだからね〜。彼らは私たちを侵入者だと思って排除しようとしているのさ」
「でも、さっきまで何もなかったよ?ずっと歩いてきたのに風精霊は現れなかったし」
「うーん、そうだねぇ……」
美玲の言葉にネフティは唸り、何か心当たりのあるような顔をしたが「違うな」、とまた唸り始める。
「水皇小夜曲」
志田の助けになれば、と美玲が水皇を呼び出し、彼女に水の幕を張ってもらうが、鋭い無数の風の刃は水を切り裂き水晶の壁へ易々と攻撃を加える。
「うそ、水もダメなの……?」
だが風の刃では水晶の壁を壊せないと考えたのか、風精霊たちは両手を広げた。
すると暴風が吹き荒れ、水の幕は霧となって散り、乱暴に水晶の壁を揺らす。
風精霊たちは暴風を加えるものと風の刃を放つものと役割を分け、隙を見せない。
「雷撃」
「風射撃」
ジャニファの放つ雷と市原の蹴り出す風の刃が風精霊たちの繰り出す風の刃とぶつかり合う。
だが相手にする数が多すぎて、風精霊の攻撃は雷と風の刃をすり抜け、水晶の壁をどんどん削っていく。
「会話は後だ、ネフティ!」
「ああ、そうだったね、ごめん。頼むぞ、ランドラゴン・ベクティ!」
ネフティが岩壁に触れよびかけると、けたたましい叫び声をあげながら、カラスくらいの大きさの黒い翼竜が5体現れ、風精霊たちをその厚い翼で薙ぎ払った。
その攻撃により数体の風精霊が消えたものの、その背後にはまだ無数の風精霊たちがいる。
仲間を消されて怒りが増したのか、風精霊たちは腕を縦に振り、大きな風の刃を数本発生させ、ランドラゴン・ベクティを切り刻んだ。
「嘘ぉ……一瞬で……?」
ゴトゴトと音を立て、ランドラゴン・ベクティは地面に岩のかけらに戻って落ちる。
ネフティは呆然とかけらを眺めた。
「ここは風精霊(シルフ」の通り道だけあって、彼らの力も強化されているみたいだね……ランドラゴンがあんな風になるなんて……」
岩でできた、それなりに頑丈なはずなのに、とネフティが唸っている間も、風精霊たちの攻撃は止まない。
「ここは風の要素が濃いから、風精霊たち一体一体が風主レベルの力を持っているみたいだね。風精霊がランドラゴンを消せるなんて聞いたことない」
ネフティが腕組みをして言う。
「どうやら風を消すには、同じかそれ以上の風の力をぶつける必要があるみたいだな」
「おれ、そろそろ……もう……やばい」
壁を維持している志田が声を振り絞る。
「今度は私が……!」
「待て、カレン。火の力は風を受けて大きくなる。この狭い場所では危険すぎる。使うべきでない」
「でも、ジャニファさん……」
「サトル、あとは私とナイトに任せてお前は休め。カレンはサトルにこれを飲ませろ。枯れた力を潤す丸薬だ。ミレイは回復を」
「う、わかり、ました……あとは頼みます」
志田がそう言い終わると同時に、水晶の壁は壊れた。
「星円鏡!」
間髪入れずジャニファが唱え、風の刃と暴風を弾き返した。
「ナイト、後ろの守りは任せる」
「はい!ーーー風舞!」
ジャニファの技、星円鏡は前方の守りしかできない。だから市原に後ろから来る風精霊たちの相手を任せた。
「水癒唄」
美玲はジャニファの指示通り、水皇を呼び出し、回復作業にあたった。
志田は疲労困憊という様子で、ぐったりと座っている。
かれんはジャニファから受け取った黄色い丸薬を志田に飲ませながら、何かを思いついたように手を叩いた。
「あ、ねえ、市原君の風主になんとかしてもらえないかな?」
風精霊たちをまとめる上級精霊ならいうことを聞いてくれるはずだと、かれんはいう。
「お、そうだな、やってみる」
「守りはわたしにまかせてくれ。地防護壁」
ネフティがと唱えると、大きなキノコが複数現れ、そのクッションのようなやわらかいかべをつくりだした。
風の刃に斬られているが、分厚い分頑丈だ。
もちろん、水晶の壁より耐久性は低いが。
キノコの防壁を確認後、風の壁を消した市原が念じると、グローブに飾られた黄緑色の精霊石が光を増していく。
「風主、頼む!」
弓矢を携えた風主が現れたものの、風精霊たちは全く顔色を変えず、攻撃の手を緩めない。
「あいつらの言葉が聞こえる。なんだ?『宝を返せ』?」
市原が聞き取ったその言葉に、ジャニファがハッとしてネフティに視線を投げた。
「ネフティ……そういえばお前、まさかとは思うが……」
「ん?いや、ここ風晶石がたくさんあってさー。見てよこの濃さと透明感。きっとすごいものが作れそうだよ〜」
ネフティはズボンとジャケットのポケットから数個、大ぶりの精霊石を取り出して頬擦りをした。
いつのまに採掘したのだろうか。
「ほう……確かに良い石だな……ってそうじゃない、それを風精霊たちに今すぐ返せ!」
「ネフティさんが原因なの?!」
「奴らの縄張りでこれだけの精霊石を採ったら誰だって怒るだろ」
呆れたようにいうかれんに、志田は首を振って言う。
「ネフティ〜!」
「ネフティさん!」
「え、わたしのせい?だっていつも通り、採掘しただけだよ」
「持ち主たちがいるのに勝手に採るのは泥棒ですよ!」
かれんの言葉に「そうだ、そうだ」とジャニファたちも頷く。
口々に責められ、ネフティは仕方なく持っていた精霊石を全て、風精霊の前に出した。
これで風精霊たちの攻撃の手が止むだろう。
その場にいた誰もがそんな淡い期待を抱いていた。
たが、風精霊たちの怒りは鎮まらなかったようだ。