オバケ?!
足場の悪い道を逃げる市原を美玲は必死に追いかけた。
走るのは苦手だが、市原も足場の悪い道では日頃の足の速さを活かせないようで、その距離はひろがらないが縮みもしない。
別にもう追いかけるのをやめてもいいのだが、ここで追いかけるのをやめたら負けたような気がして悔しいのだ。
「いい加減、待ちなさいよ!」
「待つわけねーだろ!待って欲しいならまず、その武器をしまえよ!」
「いいわよ、でもあんたに水をかけてからね!」
「ふっざけんなぁあっ!だぁーれが待つかよ!!」
ようやく手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいた。
だが、その時。
「うわ……っ!」
ゴツゴツした石に足が引っかかり、美玲はバランスを崩した。
「永倉!」
何故か周りの風景がゆっくりになり、目の前に尖った石の先が迫ってきて、ぶつかる、と思って美玲はキツく目を閉じる。
だが、痛みはいつまでたっても感じなくて。
不思議に思いながらゆっくりと目を開くと美玲は市原の腕の中にいた。
「っと、あぶねーな、怪我はないか、永倉」
「大丈夫……あ、ありがと……」
見上げると心配そうに見つめる市原と目があって、美玲はどきりとした。
(ドキって何よ!)
かれんとの会話を思い出して頭を振る。
(別に好きじゃない、びっくりしただけ、びっくりしただけ……)
「ほら、落としてたぞ」
市原は美玲のそばに落ちていた美玲の武器を拾って手渡した。
「ありがと……」
「お、おう」
なんとなく気まずくて、二人して無言になっていたら。
「市原、永倉!」
「美玲ー!」
かれんと志田の声と足音が聞こえて慌てて二人は距離をとった。
「二人とも勝手に行ったらダメだろ、一本道だから良かったものの、はぐれたらどうするんだ!」
「悪い……」
「ごめん」
本気で心配していたらしく、珍しく声を荒らげる志田に美玲と市原は素直に謝った。
「顔赤いけど、美玲、大丈夫?」
「あ、あの、走ったら暑くなっちゃって」
かれんの問いかけに美玲はパタパタと手で顔を仰ぎながら答えた。
「お前も、どんだけ必死に走ったんだよ。顔が真っ赤だぞ」
「水に濡れたくなかっただけだよ。風邪ひいたら嫌だしな」
志田に笑われて市原はムッとして言い返す。
「それにしても、この辺りから、なんだか道が広くなってきたな……」
まっすぐに行く道と、左に曲がる道がある。志田と市原は曲がり道の方を覗き込んでいる。
「ね、ねえ……美玲、あれ……」
突然、かれんが美玲の手を強く引いた。
「どうしたの?」
美玲がかれんの指さす方を見ると、薄ぼんやりした黄色い光がユラユラと漂っている。
美玲はもしかしたらブレスレットの光かと思ったが、ブレスレットが放っていたのは黄緑色の光で黄色では無い。
まるで人魂のようなその光に、美玲は驚いてかれんの手を強く握った。
それがゆらめく様子は、あたりを照らす淡い黄緑色の光と相まって不気味すぎて、二人の体がぶるぶるとふるえてくる。
「ひ……ひ……」
あの光のことを言葉にしたらいけないことのようで、美玲は言葉が出てこない。
美玲の脳裏に、夏休みのお昼時にいつも見ている、主婦向けの情報番組で流される怪談コーナーのナレーションが響く。
ーーーあなたが知らない世界はすぐそこにあるのです。
「おい永倉、久瀬、どうした?」
「具合でも悪いのか?」
女子二人の様子に気づいた市原と志田が駆け寄ってくる。
二人は光に気づいていないようだ。
「後ろ……あ……あれ……!」
男子二人もかれんの指さす方を見て表情が強張った。
「よ、妖精の国にもオバケなんているのか……?」
志田が疑問を口にした時だった。
「ヒッ!オバケ?!オバケはむりー!!」
「うわぁぁびっくりしたぁっ!いきなり大声出すなよ久瀬!」
悲鳴をあげたかれんに驚き市原が飛び上がった。
「ち、近づいてくるぞ……!魔法が効くとは思えないし……ここは、ナムナムダブツナムナムダブツ……!」
「志田、なんかそれ違くない?!こう言う時は、ソーメンラーメンタンタンメンでしよ!!」
手を合わせたまま光の方をにらみながらナムナム唱える志田に、美玲は手を組んで祈るように麺類の名前を唱えた。
「永倉も違うだろ!オバケが激辛坦々麺なんか怖がるかよ!こういうときはな、カンピョウ父ちゃん会社にレッツゴーオヤツはぜんざいヤッター!だろ!兄ちゃんがいってたからな!」
市原がドヤ顔をして二本指で腕を縦横に動かしながらいう。
「あーもう、みんな違う!志田くんのは『南無阿弥陀仏』、美玲のは『アーメン!』、市原くんのは九字護法で『臨兵闘者皆陣烈在(在庫)前』でしょ!」
ぜーはーと肩で息をしながら身振り手振りを加えて言い切ったかれんに三人はポカンと口をあけた。
「久瀬……詳しいな」
「ふふ、まあね……!私、オバケ嫌いだから、色々勉強したの」
志田の言葉に、かれんは人魂のような光から目を逸らさず、不敵に微笑んで髪をかき上げた。
「へー、かれんすごい……って、後ろ、後ろ……!」
そうこうしているうちに黄色い人魂のようなものはかれんのすぐ後ろに迫っていた。