小学級会
ポツリと冷たい滴をまぶたにうけ、ゆっくりと目を開いた美玲はゴツゴツした岩場に横たわっていた。
ブラックホールもどきに吐き出されたときにぶつけたのだろう、岩の冷たさに体のあちこちにできた打ち身が響く。
「なんか体がすごく痛いんだけど……」
起き上がって痛む場所をさすりながらあたりを見回すと、黒い岩壁にはぼんやりと黄緑色の光を放つ水晶のようなものがあちこちにあるのが見えた。
それが照明の役割を果たし、薄暗いながらもあたりの状況を確認することは簡単だ。
美玲がいる場所は行き止まりになっている所のようで、ちょうど目線の先に道が続いている。
しかし岩の天井を見渡しても美玲たちが吸い込まれたブラックホールのようなものはもうどこにもなく、シラギリの森には戻れそうにもない。
「そうだ、みんなは……?」
またかれんたちと離れ離れになっていたらどうしよう……と不安が押し寄せてくる。
しかしそんな不安はすぐに消えた。
薄暗い場所でわからなかったが、気絶していたもののみんな近くにいたのだ。
ジャニファとネフティの姿は見つからなかったものの、四人が離れ離れにならなかったことに美玲はホッとして、一番近くにいたかれんのもとに行くとその体を揺すった。
「かれん、大丈夫?起きて」
「ん……?み、れい……?」
やはりかれんも打ち付けた体が痛むのか、呻き声を上げながら目を開けた。
「いたた……ここどこ?ってやだ、すごく痛いと思ったら肘に青タンできてるし……!……あれ、そういえば市原君と志田君は?」
「大丈夫、いるよ」
市原と志田もちょうど気がついたのか、美玲たちを見つけで駆け寄ってきたので、美玲とかれんも立ち上がった。
「永倉、久瀬、二人とも大丈夫か?」
「うん、まあ……あんたたちも怪我はない?」
「ちょっと弁慶の泣き所が痛いけど……まあこういう怪我には慣れているからな」
志田に答えた美玲の問いかけに、市原が胸を張って言った。
「でも一応怪我は治しておこうか。痛いの嫌だし。水癒唄」
美玲が武器を取り出し、水皇に願い唱えると、先端の精霊石が光を放ち、水皇が現れた。
彼女が手持ちのハープをかき鳴らすと、清流のように涼やかな和音とともに、青い音符が複数現れ、それが四人の打ち身などの傷口にふれて癒していく。
「ありがとう、水皇」
美玲が礼を言うと、にっこり微笑んで水皇は溶けるように姿を消した。
「サンキューな、永倉。そういえばここにいるのって俺たち四人だけなのかな?」
「わからない……ネフティさんとジャニファさんは、うちが気がついた時にはどこにもいなかったよ」
志田に聞かれて美玲が首を振ると、それまで明るかった空気が急に重くなったように美玲は感じた。
四人の間を、すこしかなしげで不気味な音を立てて風が通り抜けていく。
「な、なんの音……?」
不安そうに美玲にくっついたかれんが呟いた。
志田と市原も表情をこわばらせ武器を構えるが、しばらく経ってもなにも起こらず、四人はホッとして緊張を解いた。
「じゃあちょっとこれからのことを相談しようか」
志田が学級委員長らしく手を叩いて言う。
四人は円形に並ぶとその場に腰を下ろした。
「とりあえず進むしかないんじゃね?ていうか、このままここにいるよりいいだろ、なぁ志田」
「だな。進まないと何もわからないし、どっちにしろシラギリの森には戻れそうにもないしな。永倉と久瀬はどう思う?」
「そうだね。あたしもそれがいいと思う」
こうしている間にも常夜の国で眠る妖精たちの時間はどんどん少なくなっている。
「え、みんな、ちょっと待って」
かれんが発言しようと手をあげた。
その手はクラスで決められた、反対意見を発言するときのグーの形になっている。
「このさきに進んで、もし迷ってここから出られなくなったらどうするの?ずっとこの洞窟をさまようことになったら?それも、おばあちゃんやおじいちゃんになるまで……!」
妄想が膨らんだかれんは、ムンクの『叫び』のように両手をほおに当てて言う。
「だから私はここで待っていた方が、そのうちジャニファさんやネフティさんも来るかもしれないし、ここから下手に動くのも危険だとおもう」
迷子になった時はそこから動かないようにと親と先生からも言われている。
それに、ここはショッピングモールみたいに迷子センターがあるわけじゃないのだから、動かずに待つ方がいいのかもしれない。
「それじゃあ久瀬はさ、もし、ジャニファさんやネフティさんがこの洞窟にきていなかったらずっと動かないのか?それこそ、おばあちゃんになるまで」
かれんを真似してムンクの叫びのように言う市原に、かれんはグッと言葉に詰まってうつむき、泣きそうな声で「そんなのわからないよ……」と呟いた。
「ちょっと市原やめなよ!そんな言い方、かれん泣きそうじゃん」
思わず美玲はかれんを庇うように立った。
「だって久瀬の言う通りに待っていたらポワンや女王様たちはどうなるんだ?俺たちには時間がないんだぞ!」
「そんなのわかってるよ!でもかれんは、自分たちの安全がなければ誰も助けられないから待つ方がいいって言ってるんだよ!先生にもお母さんにも言われてるじゃん!」
「でもここに大人はいない。俺たちがやらないと、妖精の国の誰も助けられない。こんなところでじっと待つなんて、俺はやだね!それに永倉だって進んだ方がいいって言ってたじゃないか!」
「そうだけど、うちは市原の言い方が良くないって言ってるの!」
「あーそーすいませんでしたねー!」
「はぁ?ちゃんとかれんに謝りなさいよ!」
「み、美玲、私は大丈夫だし、もう平気だからケンカはやめて!」
「でも、かれん……」
かれんに腕を掴まれ、泣きそうな顔で言われるが、美玲の気持ちはおさまらない。
「ほら、久瀬はもういいって言ってるぞ」
「どうせちゃんと謝る気なんてないんでしょ!だから諦めてんの!あんたサイテー!」
「美玲、もういいって……!も〜、志田くん!学級委員長でしょ、なんとかして!
ヒートアップした言い合いがおさまらず、かれんは唖然と言い合いを見ていた志田に助けを求めた。
志田はハッとしたようにうなずくと、まあまあ、と興奮する市原を落ち着かせるように肩を叩いた。
「久瀬、ここは行き止まりで一本道しかないみたいだから、とりあえず別れ道があるところまで行ってみないか?危なそうだったらまた戻ればいいし」
「それなら……いいけど」
志田の提案にかれんは早くこの場をおさめたい一心で何度も頷いた。
「市原と永倉も、いいな。ケンカはおしまいだ」
「へーい」
「わかったわよ」
市原は唇を尖らせ、美玲はそっぽを向きながら同意した。
「それに迷ったら俺が地王に聞けばいいだろ。ネフティさんたちも言ってじゃないか。迷ったら地精霊に聞けって。とりあえず行ってみよう」
「じゃあ行こ、かれん」
美玲が差し出した手をかれんが握り、立ち上がった。
そうして、学級会を終えた四人は薄暗い一本道をあるきだしたのだった。