さそう光
ここは悲しい記憶の場所だと確信した美玲は、思い出した夢の記憶が幸せな雰囲気でいっぱいだっただけに、その落差に胸を痛めた。
「美玲?」
「どうした、何かさっきから変だぞ永倉」
暗い顔をしている美玲に気付いたかれんと志田に声をかけられ、美玲は落ち込んだ気持ちを振り払うように首を振る。
「やっぱりここが四季の庭で合っているみたい」
「そうか。ならば氷の柱となったミアラを探さねばなるまい」
俯いたまま呟かれた美玲の言葉に、ジャニファがあたりを見回した。
「でも……もう道がないんですよ?!ミアラもいないし、どこにいけばいいの?! やっぱり、あたしが見た夢なんて……」
思わず美玲は強い口調でジャニファに返してしまった。
見渡す限り何もない、この場所のどこを探したらいいのか美玲にはわからなかった。
(このまま進んでもいいの……?)
もし自分の記憶が違っていたらどうしよう。
眠りにつく女王や妖精たちに残された時間を思うと美玲は不安でたまらなかった。
「地精霊はここだと言っていたのだ。 もしかしたら精霊王がミアラを隠したのかもしれないからな。 なに、心配することないさ、ミレイ。 探せば必ず道は見つかるはずだ」
「ジャニファさん、私も一緒に……っ!」
美玲の強い口調も気にせずそういうと、ジャニファは手がかりを探して飛び去り、かれんもその後を追って駆けて行った。
「ネフティさん、あたし、どうしたら……」
泣きそうな美玲に問いかけられたネフティは、彼女を安心させるように柔らかな笑みをうかべ、肩に手を置き目線を合わせるよう身をかがめた。
「大丈夫。 ジャニファのいうとおり、地精霊たちもここだと言っているし探せば必ず見つかるさ。 まだ着いたばかりだし、ミレイは少し休んでいて」
ネフティはそう言うと自分も上空から道を探そうと飛びたった。
「市原、俺たちもあっちの方探すか」
「だな。 なあ永倉、あまり気にすんなよ。 道くらい俺たちがちゃっちゃと見つけてやるよ」
「そうそう、4年3組のベストコンビと言われる俺たちに任せなさい」
「あは……なにそれ……」
大人びた様子で胸を張って言う市原と志田に美玲は思わず吹き出してしまった。
男子たちを見送り一人になった美玲は、ミアラとサシェが座っていたと思われる切り株に腰を下ろすと深いため息をついた。
(本当にここなの?)
信じたくない気持ちより、やはりここだという確信のほうが強く心に訴えてきて、美玲の胸の鼓動が早まる。
(でも、それならミアラはどこ……?)
夢の中で見た、水天の怒りに触れ氷に包まれたミアラはどこにもいない。
ジャニファが言ったように、精霊王が隠したのなら、隠し場所はどこなのだろう。
見渡す限りの寂しい広場には、何かを遮るものなんてどこにもないのに。
「……何であたし、あんな夢を見たのかな……」
あの日見た夢の意味がわからず、重いため息を吐いて美玲がブレスレットを眺めたその時だった。
まるで美玲を慰めるかのような、ふわりとあたたかく柔らかな風がほおを撫でたかと思うと、突然ブレスレットが強い光を放ち、ひとりでに美玲の手首からするりと抜けたのだ。
「へっ……? 」
驚いて立ち上がる美玲の前を、ふわりふわりと漂うブレスレットは黄緑色の光を放ちながら四季の庭の中央へと向かっていく。
「ちょっと、まって……! みんな、ちょ、大変……!」
「どうしたんだい?」
「何があった」
慌てる美玲の声に気づいたネフティとジャニファが羽根を羽ばたかせ一飛びでやってきた。
「あ、あの、ブレスレットが……!」
ブレスレットを見失うわけにはいかないと焦っている美玲は、言葉が口の中で絡まってうまくしゃべられない。
しかしそんな美玲たちをブレスレットが待つわけもなく。
まるで誰かが運んでいるかのようにふわふわと浮かびながら、それは伸び放題になっていた丈の長い草の間をすり抜けていく。
美玲が指さした先を見て理解したのか、ネフティとジャニファは他の三人を待たずにブレスレットを追った。
「ジャニファさんたちはどこにいったの?!」
ようやく美玲の元にやってきたかれんがすごい剣幕で美玲の肩を掴み揺さぶる。
「あ、あのね、かれん……信じられないかもしれないけど、ブレスレットが勝手に飛んで行っちゃって……それをいま、ネフティさんたちが追いかけてくれてる」
「それじゃすぐ、私たちも行こう!」
市原と志田も集まり、美玲たちもブレスレットが放つ緑の光を見失わないように追いかけた。
ブレスレットは、まるで「こっちだよ」とさそうかのように光りながら、捕まるか捕まらないかの速さで飛んでいく。
「もう、ちょっと……」
あと少しでネフティの手がブレスレットを掴む。
誰もがそう思った時だった。
突然、ブレスレットが急上昇しネフティの手は空振りしたのだ。
「逃すか!」
バランスを崩して転んだネフティにかわり、ジャニファが急上昇してブレスレットを追う。
だがその手はブレスレットを掴むことはできずに空を切り、それは忽然と消えてしまった。
「え……?どういうこと?」
「消えただと?バカな」
予想もしなかった出来事に、宙に浮くネフティとジャニファが顔を見合わせた。
「うそ……」
フレイズからもらった大切なものを失った美玲はその場に崩れ落ちた。
「美玲、大丈夫?」
「……」
かれんの問いかけに答える気力も、立ち上がる元気も美玲は無くしてしまった。
「フレイズ……」
美玲は呟き、ブレスレットをつけていた左手首をきつく握る。
ブレスレットさえあれば、もしかしたらフレイズは美玲のことを思い出してくれるかもしれないと思っていたのに。
じわりと美玲の視界が歪み、目を閉じると涙が一粒、膝の上に落ちた。
「いや、待て……ここだな」
何かを探り当てたジャニファは短剣を取り出すと、ブレスレットが消えた空間にそれを突き立て鋭い声で唱えた。
「雷撃!」
耳を塞ぎたくなるくらいの轟音とともに、その空間へ雷撃が撃ち込まれ、ブレスレットが消えた部分に大きな渦のような穴が現れた。
「なんだあれ、穴?」
志田の驚いた声に美玲が顔を上げると、ブレスレットが消えた場所に黒く渦巻く、まるで図書館にある宇宙の図鑑で見たブラックホールのようなものが現れていた。
「そうだ、聞いたことがあるよ、風精霊たちが通る、世界のあちこちにつながる特別な道があるって……あれはその入口かも知れないね」
「だとすると、ブレスレットを運んだのは風精霊ってことか?」
ネフティの言葉に市原が首を傾げると同時に、突然ブラックホールみたいな穴から風が吹き出した。
まるで台風のような強い風に、美玲たちは立っていられず、暴風に吹き飛ばされないように身をかがめて地面の草を掴んだ。
美玲は目に砂が入らないよう目をギュッと閉じた。
腕や足、頬に小石が当たり、地味に痛い。
しかし今度は急にピタリと風が止み、まるで台風の目に入った時のような穏やかな気配と静けさが辺りを包んだ。
「もう大丈夫、かな……?」
かれんが呟いた。
ところが安心したのも束の間のことだった。
「なに?!吸い込まれる……っ!」
今度は黒い穴は周囲のものを吸い込み始めた。
草は土ごと、木は根を無理やり断たれ、黒く渦巻く穴へと吸い込まれていく。
木すら吸い寄せるほどの強い力に、小学生の美玲たちが耐えられるはずもなく。
叫び声すら上げる間も無く、美玲たちは真っ暗な渦巻く穴へと吸い込まれてしまったのだった。