幼馴染として友として
常夜の館の一角に作られたネフティの工房で、ジャニファとネフティは精霊石の削り出しと研磨作業をしていた。
ネフティが今削っているのは美玲と市原の精霊石で、ジャニファはすでに余分な部分を削り落とした、かれんと志田の精霊石を研磨している。
「上級精霊の精霊石はやはり扱いやすいねえ」
「そうだな。 普通の精霊石より不安定な部分もないし、加工もしやすい」
ネフティの言葉にジャニファは研磨した二つの上級精霊石を透かして傾け、光の反射具合を確かめながら頷いた。
この二つを扱うのは二度目だが、相変わらず美しい。
オレンジ色に近い黄色の地の上級精霊石はまるで採れたての蜂蜜のようだし、濃い赤の火の上級精霊石は熟れたイチゴのように瑞々しい。
「それよりもまさか、ジャニファがわたしのことを大切だと思っていてくれたことが意外だったよ」
「その話か……」
バライダルが言ったことを思い出しているのか、嬉しそうにネフティが言うが、ジャニファは表情を固くして大きく息を吐いた。
「地精霊谷で別れてから君がどこに行ったかわからなかったし、何をしてるかと思ったら今度はいきなり現れて『黙って私について来い』なんていうんだもんなあ」
少し強引な態度で自分を連れ出したその時のジャニファを思い出し、ネフティは笑みがおさまらないようだ。
「あれは時間がなかったから……」
記憶の書を四天がいつ書きかえるかわからなかった。
だからジャニファは一刻も早く彼を妖精の国から連れ出したかったのだ。
そこでふと思い立ち、ジャニファは作業の手を止めた。
「お前は常夜国に来て後悔はないのか?」
「何で?」
「いや……」
よく考えたらネフティにとって迷惑だったかもしれない、とジャニファは思ったのだ。
ネフティは妖精の騎士でもないし、あのまま記憶を失っていたとしても、いつも通り精霊石を採掘して加工して……そんな日々を不自由なく送っていたはずだ。
「それじゃあ君は、わたしが君たち姉妹のことや子どもたちのことを忘れて、ハネナシと憎んでもよかったと言うのかい? 」
「いや、そういうことでは……」
「そういうことに聞こえたよ、わたしには」
ネフティは立ち上がり、研磨を終えた志田とかれんの精霊石をジャニファから受け取ると、代わりに削り終えた美玲と市原の精霊石を渡した。
そして無言でジャニファに背を向けて座るとそれぞれの武器に固定する作業に取り掛かった。
ネフティが金具を扱う音だけがシンとした部屋に響いている。
背を向けられたことでなんとなくネフティの怒りのようなものを感じてジャニファは戸惑った。
いや、彼は単に作業をしているだけかもしれないが、彼になんと声をかけたらいいかわからずジャニファはモヤモヤしたまま研磨作業に戻る。
二人が石を磨く音と削る音だけが響く空間はジャニファにとってあまり居心地がよく感じられなかった。
どれほどの時間、二人は黙々と作業をしていただろうか。
ジャニファの手元には研磨を済ませた美玲と市原の上級精霊石がある。
実はだいぶ前に作業を終えていたのだが、ネフティに渡そうにもなんとなく気まずくて、タイミングがはかれなかったのだ。
「ジャニファ」
「な、なんだ?」
「わたしはここに連れてきてもらえてよかったと思っているよ」
背を向けたまま呼びかけられ、身構えたジャニファだったが、返ってきたのはいつもの優しく柔らかなネフティの声だった。
「皆のことを忘れずに済んで、こうしてあの子たちの力にもなれている。それに……君はトルトを助けるためにまた無茶をする気だろう?」
「あ、当たり前だ。四天にお姉様の体を好きにさせたままにしてたまるか」
ジャニファはいつも通りのネフティの様子に内心ホッとしつつ、研磨を終えた風と水の上級精霊石をネフティに渡しに行った。
そして、光柱の間での戦い以来美玲たちの服もボロボロになっていたので、戦いの前に新しく仕立て直さなければと思い生地と裁縫道具を作業机に並べた。
ところがネフティは渡された上級精霊石の加工を始めず、ジャニファが作業する前に来ると跪いてジャニファの手を取った。
「トルトはわたしの幼馴染でもあるんだ。どうか一人で抱え込まないで。君の力になれるのなら、わたしはなんでもするよ」
「ネフティ……?」
「わたしはもう昔のような腰抜けじゃ無いよ。目の前のことからは逃げない。君を、君たち姉妹を救うためならできる限りの事をしたいんだ」
ネフティはジャニファが羽を失うことになったトルトとの争いを止められなかったことを後悔しているのだとジャニファにはわかっていた。
別に彼を頼りにしていないわけではない。
言わなくてもわかるはずだ。
でも。
言わなければ伝わらない。
けれども改めて面と向かって言うのはどうしてか気恥ずかしく、ジャニファは下唇を噛んだ。
「それで、もしトルトを四天から取り戻せたら君はどうするんだい?」
ネフティの問いかけにジャニファはふと考えた。
いや、考えるまでもないだろう。
元に戻ったトルトはまた女王の補佐官に戻るだろうし、夜の羽を得ているジャニファは常夜の国に戻るだけだ。
そして今も、これからもこの先もずっと、ジャニファは『夜の子』としてバライダルに仕えていくことになる。
羽を失いバライダルに拾われ、夜の羽を授けられてからそう生きるものだと決めている。
「わたしと一緒に行く気はないかい?」
「お前と?どこにだ」
「色々なところに。 こうして精霊石を加工したり、採掘したり……昔みたいに」
魔力の源である髪と羽を失う前はネフティとトルトと3人であちこちに行って、精霊石の採掘や合成をして新しい魔法を作ったりしたものだ。
ジャニファやトルトが四大元素以外の力を使えるのもそのおかげなのだ。
ふと懐かしいことを思い出し頰が緩んだが、そんな思い出をかき消すようにジャニファは首を振った。
「それは……無理だ。私は身も心も我が主人に救われた。もう私の全ては我が主人のものだ」
それに夜の羽を持ったジャニファはバライダルから長く離れることはできない。
「まぁ考えておいてよ」
それでもネフティはあきらめていないようで、今度こそ自分の作業に戻っていった。
ジャニファの背にあるのが夜の羽である限り、それは無理だというのに。
ジャニファは苦笑して、生地の裁断に取り掛かった。
でもその前に。
「お前がお姉様と私にとって大切な存在なのは確かで、頼りにしているんだよ」
だから連れてきたんだとネフティに聞こえるか聞こえないかの大きさだが、ジャニファは小さな声でそう、呟いた。