常夜国のおやつ
バニラのような香りがするお茶は温かく、四人の緊張をほぐしてくれた。ミルクのような風味もあり、甘みがなくとも飲みやすい。そして月霜花茶に甘みがない分、クッキーの甘さがちょうど良かった。
「月霜花という、常夜の国にしかない花の茶と実で作った菓子だ。 どうだ?夜の子はこの茶を淹れるのが上手いのだ」
バライダルが自慢げにいうとジャニファは照れたようにはにかんだ。
「美味しいです! この紫の花のクッキーも、甘くて……とても美味しいです」
かれんの答えに美玲たちも何度も頷いた。しかも無意識に皿の上にあと何枚かを数え、横目で自分以外が菓子を食べるスピードを確認するほどに。
「そういや、みんなが俺たちのことを忘れていたのに、ジャニファたちはどうして覚えていたんだ?」
月霜花茶を飲んで一息ついて、市原が質問をした。皿の上にはクッキーが一枚だけまだ残っている。
「簡単な事。 妖精の国と常夜の国は別の世界になっているからな。 いくら四天が記憶の書を書き換えたとて影響を受けないのだよ」
子どもたちの様子に気づいたジャニファはワゴンの扉を開け、中から追加のクッキーを取り出して並べた。
「じゃあネフティさんはたまたまこっちに来ていて助かった、そういうことか」
「違うよ。 たまたまじゃなくて私はジャニファに呼ばれてこちらに来ていたんだよ」
志田が新しいクッキーを取ってそう言った時、手のひらを振って否定しながらネフティが現れた。
「あの時記憶の書を奪いきれなかったからな。 いずれこういう事態になると思い、夜の子には大切な存在をこちらに避難させるよう言っておいたのだ」
「我が主人、それは言わなくても……! 」
何か都合が悪かったのかジャニファが慌てた。
「え、私、ジャニファの大切な存在だったの?嬉しいなあ」
「お、お姉様を取り戻すためにお前の力が必要だと思っただけだ。 勘違いするな」
「でもひどいじゃないかジャニファ。 待っていてって言ったのに扉を通ったら誰もいないんだもの」
「何を言う。 私は先に行くと言っただろう」
「そうだけどさ……館に行くならそう言って欲しかったよ」
少しむくれた様子でネフティがいうと、ジャニファは知ったことかと突っぱねる。
「ネフティさん、大丈夫だった? 」
四元騎士団地部隊隊長のジルビアと風部隊所属騎士のフレイズを相手にしていたにもかかわらず、ヨレヨレの服に新たな汚れは見当たらないし、怪我をした様子もない。
ジャニファの傍らに立ったネフティはかれんの問いかけに頷いた。
「ありがとう、大丈夫だよ。 なにせ私は泣く子も黙るランドラゴンマスターだからね。 それよりも君たちが無事でよかったよ。今は君たちだけが頼りだから」
「あたしたちが……? 」
「お前たちもあの場で聞いただろう、我が父たる精霊王の過ちの話を」
「そして、四天を封じたのは人の子らである、とも」
ジャニファがバライダルの言葉を引き継いだ。
「だから君たちが来てくれたことは、とても心強いんだよ」
そしてニッコリと微笑んでネフティが言った。
もしかしたらまた、昔と同じように四天を封じることができるかもしれない。
「あれ? そういえばなんでネフティさんは常夜の国で眠っていないの? 普通の妖精はここで過ごすのは大変なんだよね? 」
「いやぁ私にもよくわからないんだけど、精霊石の採取で知らないうちに何度か常夜の国にも来ていたことがあったみたいで。耐性がついていたのか、陽の光があまりなくても大丈夫になっているみたい」
採取場所は洞窟内のことも多いからかも、と美玲の疑問にネフティは呑気にあははと笑って頭をかいた。
「じゃあ他の妖精たちもそのうち慣れるんじゃないの?」
「この世界に来て眠ってしまっている時点でそれは不可能だ。夜の子のように羽を与えたとしても耐えられまい」
「そっか……」
市原は俯いてクッキーをかじった。ポワンはここにいる限り目覚めることはないと言うことだ。助けるにはやはり、四天を倒す必要がある。
「あ、そうだ、君たちの武器壊れていたよね。直すよ」
少し重くなった空気を割るように、ネフティが明るく言った。
「私も手伝おう」
四人はネフティとジャニファに再結晶化していびつな形となった精霊石を戴いた武器を預けた。