悲壮の常夜王
光柱の間で最後に見た時よりバライダルは少しやつれたように見え、四人は言葉が出なかった。
整った顔は相変わらずだが、目の下にはクマ、少しこけた頰。髪は乱れており、全身から疲労感が漂ってきていて、大切な存在の危機に彼は心身ともに疲れ切っているようにも見える。
「人の子らよ、疲れたであろう。 夜の子よ、茶と菓子の用意を」
「承知しました」
驚いたことにバライダルは四人にいたわりの言葉をかけてきた。四人が顔を見合わせている間にジャニファは短く返事をしてどこかへと行ってしまった。
なんとなく気まずい気持ちになっていると、バライダルは立ち上がり自ら四人を別室へと案内した。そこには光沢のある黒い石でできた円卓と椅子があり、座るよう仕草で促された。
椅子は硬くひんやりとしていたが、思いのほか座り心地は良い。
「……あの、私たちが居なくなってからあの後どうなったんですか? 何が起きたんですか? 」
疲れた様子のバライダルにかれんが遠慮がちに質問をする。
自分もまた深く椅子に腰掛けたバライダルは、大きく息を吐いて何かを思い出そうとするように額に手を当てて俯いた。
「あの暴風に乗じ、我らも常夜の国に戻った。 口惜しいことだが……四天に対抗しうる力が新月の時期の我にはなかったからな」
額から手を離し、自分の手のひらを見つめて悔しそうにバライダルはそう言ってギュッと拳を握る。
「あのときの我にはユンリル殿をここへ連れてくるので精一杯だった……。 今、ユンリル殿は月の力を集めた月紫水晶でなんとか保っているが、花の精である彼女には……月の光だけでは足りぬであろうな」
先ほどユンリルに握らせたものが、その月紫水晶で、ユンリルが横たわる月下美人を模した花台はその力を増幅してくれるらしい。
「……そっか、植物の妖精だから日光が必要なのか」
市原の呟きにバライダルが頷いた。理科で習った光合成のことを、美玲はなんとなく思い出していた。
「ユンリル殿だけではない。 常夜の国に連れてきたものたちにも皆、陽の光が必要なのだ。 だが、ここにも我にも限界というものはある」
新月になれば眠る妖精たちに月の光も与えることができなくなる。満ち欠けを繰り返す月の光の下だけでは妖精たちは暮らすことができないのだ。
だから足りない分は月光の精霊であるバライダルが内に溜めた力を分け与えたりしており、バライダルはヘトヘトなのだろう。
「だから、あんたが俺たちを召喚したのか?四天を倒すために」
志田が言うと、バライダルは首を傾げた。
「いや、我はお前たちを呼び出してはいない。 今はそんな余裕がないからな」
バライダルの答えに今度は四人が首を傾げ、お互い顔を見合わせた。
「え、じゃああたしたちはなんでこっちに……?」
てっきり前のように誰かがタイミングよく自分たちを呼んだのかと思った。正直いくら上級精霊の精霊石とは言え、小さなかけらの力では無理だろうとも四人は思っていたのだ。
「ふむ……お前たちはどうやってここに来ようと思ったのだ?」
納得がいかない様子の四人に苦笑して、バライダルが言葉を促すと、志田が口を開いた。
「ネフティさんのペンダントがあったから、地王たちが応えてくれると思って……」
そう言って四人は揃いのペンダントをバライダルに見せた。バライダルは志田のものを借り、裏表としげしげと眺めた。
「このペンダントが光って、気づいたら俺たち、また妖精の国に来ていたんだ」
「ふむ……これは小さいな……だが人の子の力は強いものだ。 上級精霊たちもそなたたちだからこそ、転移のための力を発揮できたのかもしれぬな。 どちらにしろそなたたちが来たことは、我らには希望の光でもある」
大人から期待の言葉をかけられ、なんだかくすぐったくなって四人は顔を見合わせた。
そこへ、ジャニファが銀のワゴンを押してやってきた。上にはティーポットとクッキーが載っている。
彼女はワゴンを止め、シンプルな白地に銀色の花を描いたカップにお茶を注ぎ、クッキーとともに美玲たちの前にそれぞれ配っていく。
カップに注がれた薄黄色のお茶からはバニラに似た甘い花の香りが漂っている。
クッキーにはスミレのに似た花があしらわれており、香ばしい香りに子どもたちのお腹が反応しだした。
「人の子の口に合うかわからぬが……」
バライダルに勧められ、四人はいつものように手を合わせていただきますをした。