静けさの中で
扉を抜け、辿り着いた常夜の国は満点の星が輝く真夜中の空に覆われていた。
確か妖精の国はまだ夕暮れだったはず。
美玲たちは時間が一気に過ぎたような、そんな不思議な感覚にぼんやりと星空を眺めた。
夜空の中央には半分に欠けた真白の月がまるで太陽のように静かに佇んでいる。
「どうした?……ああ、ここはずっと夜だ。常夜の国だからな。さ、こっちだ。我が主人の元へ案内しよう」
最後に扉を抜けてきたジャニファが足早に四人を抜かして先頭に立つ。
「待ってください、ネフティさんのこと、ここで待たなくていいんですか?」
かれんの問いかけにジャニファは頷いた。
「心配しなくともあいつは戻って来る」
そういうとジャニファは夜空と同じ色の羽を動かして宙に浮かんだ。
美玲が想像していたのとは違い、常夜の国は静かな場所だ。
美玲は常夜の国をアイーグがそこかしこにいるおぞましい場所だと思っていた。
あちこちに蛍のような光が舞っているが、それは虫ではなかった。
大地の所々から生えている水晶郡の先からその光は生まれていた。
なんだろうと美玲が触れると途端に泡のように消えてしまう。
「美玲、置いてかれちゃうよ」
かれんに呼ばれ、慌てて宙を舞うジャニファの後を追って光の舞う草原を進んでいくと、やがて甘い香りが漂ってきた。
「ここは眠りの泉。妖精の国を追われたものたちが傷を癒す休息の場所だ」
ジャニファが示した先には、池に浮く蓮の葉や池のほとりにある木々に絡みながら茂っている。
その中に、月の光を受けて白く光り咲くヨルガオの花の中で眠る妖精たちの姿があった。
「この人たちが妖精の国を追われたって、どういうことですか?」
かれんが聞くと、ジャニファは着地し少し考えるように俯いた。
4人にもわかるような言葉を選んでいるのだろう。
「簡単に言えば、四天の定めた決まりを破ったものたちーーハネナシさ。 羽を奪われ力を失い消え行こうとしたものを、我が主人は常夜の国に迎え癒しておられるのだ」
「ハネナシ……」
フレイズや隊長たちの言葉を思い出して、眠る妖精たちの背を見ると、確かに羽がない。
「あっ」
突然市原が大きな声を出したかと思うと、駆け出した。
「何、どうしたの?」
「ポワン!」
「え?」
市原の目の前には蓮の葉の上で眠るポワンの姿があった。
「どうして……ポワンまで……」
「う……」
ポワンが眉間にしわを寄せ、呻き声を上げて寝返りを打った。すると黒い靄のようなものがポワンの体から浮き上がり、夜空へ吸い込まれていく。
「何、あれ」
「妖精の国に戻りたい、羽を返して欲しいという“嘆き”だ。あれが妖精の国にたどり着くとアイーグとなる」
アイーグはこの場に眠る妖精たちの思いの化身だったのだ。
「アイーグが妖精の国に現れたのはトルトの身が四天に奪われてからだ。 奴らは妖精たちの羽を奪い、魔力を蓄えてきたのだ」
美玲は妖精の国に来た時のことを思い出していた。
アイーグが足に絡みついたあの重たく痺れるような感覚は、叶わない願いを抱えながら眠り続ける妖精たちの苦しみそのものだったことを知り、美玲は複雑な気持ちになった。
「どうしたら助けられるのかな……」
「四天を倒すしかないだろ。こんなの、許せねえよ」
市原が声を押し殺しながら言うと、ジャニファが頷いた。
「皆、四天に奪われた力を取り戻せば羽も戻る。 私のように夜の羽を受け入れられるものばかりではないからな。 とにかく今は我が主人の元へ急ぐぞ。 ここにいる妖精たちの安全は私が保証する」
ジャニファに頷き先を進むと、やがて大きな岩山の前に出た。
美玲たちが通う詩葉小学校よりも大きくそびえ立つそこには、ぽっかりと洞窟が口を開けていた。
岩肌に絡みつく蔦のような植物からは線香花火の光のように白く細かい花がすだれのように下がり、その花弁は放射状に伸びている。
「この先に我が主人がいる」
甘い花のカーテンをくぐり、洞窟に入るとひんやりとした空気に迎えられた。
そこかしこには紫色の水晶が淡く光り、行先を照らしている。
「転ばないように気をつけろよ」
奥へと進むにつれ、だんだんと水晶の数が増えていく。
やがて、目の前にオレンジの淡い光が漏れているのが見えた。
ひときわ背の高い柱のようにそびえる水晶の脇を抜けると、黒雲母が水晶の光を反射して輝く床が一面に張られていて、その奥には一段高くなっている場所があった。
天井を照らすのはまるでシャンデリアのようなオレンジ色に輝く水晶群だ。
そしてその下には椅子に腰かけ、傍に置いた巨大な月下美人の花で眠るユンリルの手を握るバライダルの姿があった。
「戻ったか、夜の子よ」
「はい」
ジャニファはバライダルに返事をするとひざまづきこうべを垂れた。
四人もジャニファの後ろに一列に並んだ。
「人の子らも一緒か。無事で何よりだ」
しかしバライダルは視線を移さずに眠るユンリルの手を握り、髪を撫でている。
やがてバライダルはユンリルの手に何か光るものを握らせ、ようやく四人の方へと体を向けた。