ハネナシ
光が収まり四人が目を開くと、そこはもう畑ではなかった。
あんなに暑かった日差しは感じられず、セミの声もしない。
夜が近いのか、清々しい青に浮かぶ雲は朱く染まっている。そこにあるのは、その朱色の光に照らさせながらそよそよと風がそよぐ緑の草原と丘の上に一本だけ立っている松の木だけだ。
「ここは……!」
あの夜フレイズに連れてこられた松の木を見ると美玲の胸は込み上げるものがあった。
「あっ俺のリュックがない!」
市原はせっかく苦労して持ってきたのに、と悔しがっている。
「いやまあ、あんな大荷物邪魔なだけでしょ……」
少し呆れている志田に慰められている市原の荷物だけでなく、美玲たちの手提げ袋も無くなっていた。
服装は妖精の国にいた時に来ていた服に変わっており、それは元の世界に戻る前の戦闘のためか所々破けたり汚れたりしている。
「あ……やっぱり……」
それぞれの武器も持っていたが、やはり精霊石にヒビが入っていて上級精霊たちに呼びかけても反応がなかった。
「ネフティさんを探したほうがいいよな」
「あぁ、でもまず先に妖精の城に行ったほうがいいんじゃないか?俺たちいきなり消えたんだろうし、心配してるかも」
「お城どうなってるかな」
「うん……そうだね、女王様たちは大丈夫かな」
かれんに答えながら、美玲はポケットの中に収穫したミニトマトが数個とラッピングしたミサンガが入っているのに気づいた。
(よかった、これなら渡せる……)
それが入っていたことを不思議に思いつつも、美玲がほっと胸をなでおろした時、ふと視界に入った松の木の下に懐かしい姿が見えた。
「フレイズだ!」
もう一度目を凝らしてみようと思った矢先、市原がそう言いながら駆け出したので美玲は慌てて松の木へと向かった。
トンボのような羽根を背に持った金の髪の青年が市原の呼び声に振り向く。
「フレイズ!無事だったんだね」
しかし美玲の言葉に少し驚いたように目を開いたフレイズの瞳には親しみなどもなく、冷たい光が宿っていた。
「君たちは……いったい誰だい?“ハネナシ”なのに俺を知っているなんて……」
「お……おい冗談はよせよ。何言ってるんだよ……フレイズ?」
聞きなれない単語と冷たい声に戸惑い美玲は固まった。市原が笑いながら言うが、しかしフレイズの表情は変わらない。
「フレイズ、あのね、私ブレスレットのお礼を作ってきたの」
諦めずに美玲がポケットからミサンガを取り出して袋から出してみせた。しかしフレイズがそれを受け取ることはなかった。
「ごめんね、君たちのことは知らないんだけど……この国にハネナシを置くわけにはいかないんだ」
言葉は優しいが、表情を変えないまま冷たい声で言うとフレイズは細身の剣を鞘からゆっくりと抜いた。
「おい冗談だろ、やめろよ……フレイズ?」
物騒な様子のフレイズに、志田と市原が美玲とかれんをかばうように立つ。
「ここはハネナシの君たちがいても良い場所じゃない。四天の治める、羽根を持つ妖精たちの国なんだから」
「ハネナシ……四天……?」
フレイズの言葉に四人はまさか、と思い顔を見合わせた。人間の世界に戻っている間に妖精の国は、女王ユンリルはどうなってしまったのだろうか。
「あの……ねえ、さっきから言っているそのハネナシってなに?」
「羽根を失った妖精のことさ。妖精の国を追われ常夜の住人となった者たち」
かれんの問いかけにフレイズは警告だと言わんばかりにゆっくりと剣先を向けてきた。
「フレイズ……」
ぞくり、と鳥肌が立つ。明らかな敵意を向けられているのだけれども、美玲たちは動けなかった。下手に動くほうがもっと危険だ。そんな予感がする。