強い願い
職員室近くまで来ると下校のために玄関が解放されているせいか、外の熱気が入り込んでいて、むわっとした蒸し暑さに襲われた。
「失礼します、学級日誌を提出しに来ました」
入り口に立ち四人を代表して志田がいうと、自分のデスクにいた里山が手招きをした。何やら先程の帰りの会で話題に上がった大芝と話していたようで、大芝はにこやかに四人を出迎え自分のデスクに戻っていった。といっても場所は里山の真後ろだが。
それにしても職員室の中は冷房が効いてて天国だ。廊下でじっとりとかいた汗もすっかり引いてしまった。
「なんだ?久瀬と永倉は呼んでないぞ。お前たちからはもう傘を返してもらったからな」
「あー、まあそうなんですけど……」
首をかしげる里山に美玲とかれんは笑って誤魔化した。
怪訝な顔をしながらも里山は志田から学級日誌を受け取り、椅子に深く腰掛けた。
「まあいいわ。志田、市原、お前たち新学期には傘ちゃんと持ってくるように。ないと困るからな」
「ヘーい」
「はい。すみませんでした」
「話終わった?じゃあ先生さよならっ……」
「待て市原。その荷物についてもだ。必要のないものを学校に持ってくるのは良くないぞ。無くしたりしたら大変だからな。わかったな」
「でもこれは……むぐっ」
里山に反論しようとした市原の口を志田が手で抑えた。
「はい。コイツもよ〜くわかっていますので本当にすみませんでした!」
そして親のように市原の頭を手で押さえて下げさせる。
「志田、離せよ首が痛い……!」
「ん、まあ……よろしい。じゃあお前たち暑いから気をつけて帰れよ」
「はい、失礼します!」
こうして四人は連れ立って職員室をあとにした。ここまでは妖精の国に行った時の流れと大体同じだ。
美玲とかれんは恐るおそる職員室から出て廊下を伺うが、人の気配はなく、クラスの下駄箱には四人の靴しか残っていなかった。
どうやら翡翠たちは下校したようであり、二人はほっと胸をなでおろした。
玄関の小さな階段を降りて、前庭に出る。ここで強い風が吹いて、美玲たちはバラバラに妖精の国へ飛ばされたのだ。
四人はネフティのペンダントをつけて空を眺めた。
「………………」
しかしいくら待ってもあの日のような風は吹かず、太陽がさらに照らしてくるだけだ。
四人は残念そうに顔を見合わせて途方にくれた。
「とりあえず畑いくんだろ?行ってみようぜ」
気分を変えようとしたのか、市原が明るい声で言ったので、美玲の気持ちも少し軽くなった。
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グラウンドの脇に作られたクラスの畑に着くと、それぞれの名前のプレートが飾られているミニトマトにはつやつやと鮮やかな朱色の実が鈴生りに生っていて、緑の枝を重そうにしならせている。
「最近収穫に来てなかったからなあ」
美玲は赤く色づいた実をビニール袋に収穫していく。
「でもさ、不思議だよね。あっちにいた時はあんなに帰りたいって思っていたのに、今はこんなにもあそこに戻りたいと思うなんてさ」
「だってあんな終わり方、私は納得できないよ」
美玲の呟きに後ろでナスを収穫していたかれんが首を振った。
ナス、ピーマン、ミニトマトの中からそれぞれ何を育てるか決めるのだが、美玲はミニトマト、かれんはナスにしたのだ。
「あの後どうなったんだろう。ジャニファさんは大丈夫なのかな。女王さまは無事なのかな……」
「うん……」
四天は妖精の国を支配すると言っていた。記憶の書で妖精たちの記憶を書き換えてしまうとも。
フレイズやポワンたちは無事だろうか。美玲は校内で外したままだったブレスレットをはめ、珠に手を沿わせた。
その時だった。
突然ブレスレットが光り始め、ネフティのペンダントにはめられた精霊石も同じように徐々に光を強めている。
「おい、なんだこれ……!」
市原と志田が興奮気味に美玲たちの元にやってきた。
「もしかして今なら……!」
四人は顔を見合わせて頷いた。
(お願い、水皇応えて……)
(炎帝、私たちを……)
(風主、もう一度……)
(地王、妖精の国に連れて行ってくれ!)
四人はそれぞれ契約した上級精霊によびかけた。その願いに反応したのか、さらに精霊石の輝きが増していく。そして青、赤、緑、黄色の光が混ざり合って強い白い輝きが畑に広がって行き、四人は目を開けているのか閉じているのかもわからないくらいの眩しさに包まれた。
そしてようやく光が収まった頃、四人の姿は忽然と畑から消えていたのだった