忙しい小学生たち
恐る恐る四人が振り返ると、教員用玄関から出てきた担任の里山が黒い傘の留め具を外しながら近づいてくるのが見えた。
驚いている里山の顔に、そういえばこちらでは連絡もなしに行方不明になっているのだろうという状況を思い出してまた職員室でお説教かと四人は青い顔を見合わせた。
「あの、これには事情が……その、あの……」
ありきたりな言い訳しか思い浮かばず、しかもその先に続く言葉が出てこない。
妖精の国に行ってました、だなんて信じてくれるだろうか。美玲は頭の中が真っ白になって、四人の中で多分一番頭がいいだろう市原に「どうしよう」と視線で助けを求めた。
「待って先生。今日って何日?」
市原は美玲の視線に気づいたのか、里山に近づき質問をした。里山はカレンダー機能もついてる時計を確認し、市原もそれを覗き込んでいる。
「8月3日だ。なんだ市原、暑さにボケたのか?」
驚いたことに、日付は変わっていなかった。時間も聞いて見たが不思議なことにお説教が終わってから十分も経っていないことがわかり、それが信じられなくて四人は顔を見合わせて首を傾げた。
何日も妖精の国にいて、寝て起きて食事もしたし、怪我をすれば痛みがあった。それに四人のポケットにはネフティからもらったペンダントも入っている。
夢ではないことは確かなのに、ほとんど過ぎていない時間の流れが、実はあれは夢だったのだと言っているようにも思えて、四人は困ってしまった。
「何だらお前たち、どうした?」
「ああっと、なんでもない何でもない。ていうかさ、この天気じゃ帰れないよ。俺たち傘ないもん」
里山の声に市原が前庭に降り注ぐ雨を指差すと、里山はふむと唸って職員玄関に戻ると、黄色い傘を四本持って出てきた。
「特別に学校の傘貸してやるから早く帰りなさい。もうお昼だし、お家の人も心配してるだろう。返すのはいつでもいいから」
「先生はどこ行くの?」
「そこのスーパー。昼飯忘れたんだよ」
里山は四人に学校の黄色い傘を手渡すと、土砂降りの雨の中黒い傘をさして校門を出て行った。
「じゃあ昼飯食ったらまた来ようぜ」
里山を見送り、市原が傘を止めているマジックテープをはがしながら言った。
「あ、俺そろばんだわ」
「そういえばあたしも習字行かなきゃだった……」
「私は英語行かないと……」
志田、美玲、かれんと三人から断られ、市原は唇を尖らせた。
「なんだよ、お前ら妖精の国の危機より習い事かよ」
「ていうかお前もだろ市原。お前いつも水曜はスイスイスイミング〜っていってたじゃねえか」
「あ……」
呆れていう志田に市原の動きが止まった。
「じゃあ明日!明日は?」
「ごめん、市原くん。うち今日の英語終わってから親戚の家にお泊まりに行くことになってる……」
「あたしも明日は妹と図書館のイベントに行く約束なんだわ」
「え〜?!なんだよ、俺だけ暇かよ〜!」
「なにいってるんだよ、お前もあれだぞ。俺もだけどサッカークラブのスポーツ合宿」
「あ……」
子どもって実は忙しいのだ。
「じゃあもう登校日しかねーじゃねえか。その間に妖精の国がどうなってもいいのかよ」
「そんなこと言っても……」
行きたくても行けないのだからどうしようもない。何度呼びかけても精霊石は反応しないのだから。
「ジャニファさんたちならきっと大丈夫だよ。大丈夫……」
まるで自分に言い聞かせるようにかれんが言う。今の自分たちにできることは本当に何もないのだ。
「じゃあ、登校日にまた試そうぜ」
志田がまとめるようにいうと市原の肩を叩いて傘を開いた。市原も渋々という様子でそれに従う。
コンビニアイスは女王様の力を取り戻して本当に妖精の国を救った後に行こう、と四人で決め、それぞれ傘をさして土砂降りの中に飛び出し家路へとついたのだった。