暴風に滲む悔しさ
ジャニファを遠ざけた四天はゆっくりと美玲たちの方へ体を向けた。五つの目をニィッと細めたその顔は不気味で、四人は鳥肌がたった腕を必死でさすった。
「人の子よ、女王を目覚めさせてくれて感謝します。彼女が無事力を失った今、我ら四天が直々に治めることで妖精の国にも秩序が戻り、混乱から救われることでしょう」
「まてよ、女王様を助けるって、妖精の国を救うってこういうことだったのか?! 女王様の力を奪ってお前らが代わりに支配して、自分たちの思う通りの世界にするために?!」
「違います。元の状態に戻すのです。精霊は精霊の、妖精は妖精の秩序の中へ戻す。私たち四天ならそれができるのです」
「そうじゃないだろ……」
問いかけに返ってきた答えに市原は呆れたように息を吐いて話が通じないと首を振った。
「好きな人と離れ離れになるのが正しいことなの?そんなの、絶対間違ってる……私なら絶対嫌」
美玲の裾をつかみ、かれんがつぶやく。
「あんたらがいきなりそんなこと言ったって騎士団のみんなや妖精たちはあんたらに従うとは思えないけど?」
「ご心配なく。こちらにはこれがありますので」
志田の言葉に四天が取り出したのは記憶の書だ。ジャニファから奪い返したものだと、痛い思いをした美玲にはすぐにわかった。
「記憶の書はその名の通り記憶を操作できるのですよ。ですから心配は要りません」
つまり新たな支配者は四天だと妖精のみんなに認めさせるのは簡単だというのだ。
あの本をジャニファから取り返さなかったらこんな危機にもならなかったのだろうかと思うと歯がゆい気持ちだった。
「あなたたちの役目はもう終わりました。さあ、人の世界へと送りましょう」
「帰らない! まだ帰るわけにはいかない! 水皇!」
「そうよ。好き勝手に利用されて、しかも妖精の国を危険にさせたままなんて……!炎帝!」
「お前たちは絶対に間違っている! 風主!」
「俺たちは妖精の国を救うために呼ばれたはずだ! こんなの、間違っている!地王! 」
四体の上級精霊が呼び出され、現れた。彼らは自分より上位の四天の姿に戸惑っているようだった。
「言ったでしょう?召喚主である私に、あなた方の攻撃は効かないって」
四天が両腕を大きく広げ、そして羽ばたかせた。すると突風が巻き起こり、美玲たちへと襲いかかった。
上級精霊たちがとにかくそれぞれの召喚主を守ろうと覆いかぶさってきた。
この風が止んだら反撃に入ろう、そう四人は上級精霊の壁の下で顔を見合わせて頷いた。
だが突然、ピシッと小さな音を立てて四人の精霊石に亀裂が走った。
「うそ……やだ、何で?」
美玲は慌てて先端の精霊石を手のひらに包んだ。美玲の精霊石だけかと思ったが、他の三人の精霊石も同じようにヒビが入ってしまったようだ。
「そんな、待って……!」
精霊石の放っていた強い光は次第に弱々しい光となっていく。
そしてついに光が消え、凄まじい風に四体の上級精霊は耐えられずかき消えてしまった。
自分たちを守ってくれるものがなくなり、四人は右から左から乱れるように流れてくる暴風にさらされた。
懸命に足を踏ん張って耐えるが、呪文唱えることもできず、歯をくいしばることしかできない。
「もうあなた方は用済みです。さようなら」
きつく目を閉じた向こうからそんな言葉が聞こえてきた気がした。だが獣が吠えるような風の音に消えてしまった言葉を確かめることは四人のうち誰一人できず、次第に薄れゆく意識に悔しさだけが滲んで行った。