二人の決意
妖精の国に夜が訪れた。
城にあった、つぼみの形をしたランプは花開いて灯りをともし、廊下を照らしている。
美玲はトルトからあてがわれた部屋を出て、廊下の窓を開き、外を眺めた。とても綺麗な夜だった。
城の周りの水面には、蛍のような点滅する光が浮いていて、それが静かな水面に映って、まるで星空の中にいるようだ。
トルトの話では、常夜王バライダルはこの綺麗な夜をずっと妖精の国にもたらし、支配したいと考えているという。
だが、日が登らなければ植物は花開かず、成長することもできない。
植物の妖精たちにとって太陽がない世界は、死の世界と同じものだ。
「ここにいたのか、永倉」
「市原、どうしたの?」
「うん、なんか、一人でいたくなくて」
そう言って、市原は隣に立って、同じように窓の外を眺めた。
「そ、そうなんだ」
二人きりになると、会話が続かない。学校でも全然話したことがないのに、こちらに来てからは市原とたくさん話している。
なんだか信じられない。
「そうだ、今日は色々助けてくれてありがとう」
「え?俺、何かしたっけ?」
「保健室みたいな部屋で水くれたし、アイーグが来た時はあたしをかばってくれていたでしょ?」
「そうだっけ?アイーグの時のことはよく覚えていないけど…」
頬を書きながら照れ臭そうに笑った。
「ううん、ありがとう」
「はは…どういたしまして」
再び二人の間に沈黙が流れる。開いた窓から夜風が吹き、髪をサラサラと撫でた。
「そうだ、不在、とか代行とか習ってないのに何でわかったの?」
昼間からずっと疑問に思っていたことだ。
「兄貴から教えてもらったんだ。この間、家に不在票っていうのが入っててさ」
「じゃあ、代行は?」
「あぁ、それは、お父さんが酔っ払って代行で帰ってきた時があって、それも兄貴から聞いたんだ」
「そうなんだ。物知りですごいなって思ったよ」
「そんなことないよ。兄貴が全部教えてくれたことだよ」
「それでも覚えているのがすごいよ」
賢いことを自慢もしない、モテるわけだ。
「永倉は?兄弟とかいないの?」
「妹がいるよ。来年一年生なの」
「そっか。永倉はお姉ちゃんなんだな」
「うん、大変だけどね」
お姉ちゃん、とずっとついてくるし、遊んでと何度もせがまれて正直うっとおしいと思っていたが、帰られないと知った今は、妹に会いたくて仕方なかった。
帰れたらおままごともやってあげる。
お人形遊びも。
あの泣き虫な妹のお姉ちゃんは自分しかいないのだから。
「永倉、あのさ…」
「何?」
「帰ろうな。必ず。志田と久瀬もみつけて、元の世界に」
「うん、そうだね」
「俺が、ちゃんと守るから」
「え?」
「だから、絶対、帰ろうな」
「う、うん…?」
にかっと笑われて、しどろもどろに返答する。
守る、と市原は多分言っていた。確認する間もなく、言葉を続けられたから確証はないが、多分言っていた。
なんだか恥ずかしくなって、美玲は頬を押さえた。胸がドキドキするのは、綺麗すぎる月明かりのせいだろう。
だって、市原は親友のかれんが好きな人なのだから、美玲は市原を好きになるわけにはいかないのだ。
「あーあ、早くうちに帰ってゲームしてえなあ」
伸びをして言う能天気な言葉に笑い、美玲はこっそり深呼吸をして、心臓を落ち着かせる。
「永倉は何したい?帰ったら」
「か、帰ったら?…うーん」
そうして目を閉じ、思い浮かんだものは…。
「お母さんの卵焼きが食べたいな…」
砂糖がたっぷりはいったふわふわの甘い卵焼き。
食べたい。
お母さんに会いたい。
「永倉…」
ハッとして、涙が溢れているのに気づいた。
「やだ、えへへ、ごめんね、大丈夫だよ」
鼻をすすりながら目をこすった。
「いいよ、俺も泣くから、お前も泣けよ」
そう言う市原も、少し鼻の頭が赤くなっている。
「今たくさん泣いて、二人を見つけるための気合い入れるスペース作ろうぜ」
「何それ」
笑いあっていたが、だんだん二人の目からは涙が溢れ、笑いながらたくさん泣いた。
帰りたい、家族に会いたい。
いろんな思いが溢れてきた。
そんな二人を、妖精の国の月は柔らかに照らしていた。