壊れた檻
白の台座を出てすぐ、何を思ったのか志田がいきなりしゃがんで手のひらを床にぺたりとつけた。
「志田、何してんだよ」
「ちょっと待って」
市原の呼びかけにそういうと、志田は目を閉じて集中し始めた。
「水晶壁!」
両手のグローブに飾られた精霊石が輝き始め、あっと思う間も無くバキバキと凄まじい音を立てて光柱の間の床を貫いて水晶群が現れた。
志田の元から生まれた水晶群は真っ直ぐに精霊王とバライダルが何度目かの鍔迫り合いの中睨み合う中央へと成長し、床を破壊しながら伸びていく。
そこから伸びる先端はあちこちに向き、それはまるで槍のように鋭く尖っていた。
「何っ?」
『ぬぅ?!』
その鋭い水晶群は二人の足元から天井に向かって向きを変え、睨み合う二人を分断することに成功した。
精霊王とバライダルは何事かと、中央に突然現れた水晶群の柱を唖然と見上げている。
そしてなぜかバライダルの方へと伸びた水晶群だけはまだ成長を続け、彼をドーム状に覆うと、ようやくその成長を止めた。
「ナイス、志田!」
「イェーイ!」
市原とハイタッチをした志田は自信ありげに見えた。
志田は器用に地属性の力をコントロールし、水晶群を作りすことができるまでになっていたのには美玲も市原も驚いたが、同時に頼もしく思った。
「精霊王さん、ここは私たちに任せてはやく女王様を!」
『うむ、かたじけない。任せたぞ』
呑気な男子たちを置き去りにして美玲とかれんは精霊王の元へ一足先に到着した。
精霊王は美玲たちに頷くと、女王の眠る金木犀の檻の方へと駆け出した。そして再び巨大な鳥の姿になると、羽音を響かせて飛び立った。
ジャニファはトルトと戦うので手一杯であり、精霊王の妨害をすることは叶わないだろう。
「人の子よ、ここから我を出せ!邪魔立てするか!」
「邪魔をしているのはそっちでしょ!」
「馬鹿を言うな!」
美玲の吠え声にバライダルは納得いかないと首を振った。
「やめろ、彼女に触れるな!ジャニファ、何としても止めよ!」
バライダルの声が聞こえる前に精霊王の動きを察知したジャニファがトルトから離れ、精霊王を迎え撃とうと短剣を構えた。
「ジャニファ!」
トルトが行かせまいと伸ばした手をすり抜け、ジャニファは精霊王の前に飛び出した。
「ここは通さん!」
『儂を止められると思うか。小さきものよ、自惚れるでないわ!』
精霊王がその翼を薙ぐと、巻き起こった暴風に吹き飛ばされたジャニファは白の台座に背を強く打ち付け、ぐったりと床に横たわった。
「ジャニファ!」
「ジャニファさん?!」
その凄まじい音に驚いたかれんとバライダルの叫びをあざ笑うかのように一度振り向くと、精霊王がその白く大きな翼を女王が眠る檻に触れた。
光の粒がせせらぎのように流れていく。女王の金木犀の檻がだんだんと輝きを増して行った。
そして金色から白に変わるとそれは雪が溶けるように消えた。
ついに女王の檻が壊れたのだ。
『儂の役目はここまでよ。トルト、後は首尾よく、な』
「は。承知しております」
精霊王もまた光の粒子となって消え、恭しく深くお辞儀をしてそれを見送ったトルトは姿勢を正すと、檻は壊れたもののまだ目を覚まさない女王の方へゆっくりと歩き出した。