二人に眠る力
女王は留守だと言っていたが、まさかさらわれたのだとは。
美玲は空の玉座が妙に気になり、じっと見つめた。
金で縁取られ、ところどころに色とりどりの石が飾られている。どれもきっと宝石なのだろう。
あの椅子に座っている女王とは、一体どんな人なのだろうか。
「女王様になにがあったんですか?」
「実は、ある日女王陛下が城の庭でお茶をしていた時、どこからか入り込んだアイーグらの襲撃を受けてそのまま連れ去られてしまったのです。 私たちはすぐに女王の捜索隊を編成し、ここから東の方にあるシラギリの森の奥で女王陛下を発見しました」
「見つかったのになんで助けなかったんだ?なんとか騎士団とかいうのがいるんだろ?」
市原の言葉にトルトは悔しそうに唇を噛んで首を振った。
「捜索隊から発見の知らせを受け、騎士団に同行して私も参りましたが、アイーグの巣となった森では、女王陛下を連れ出すことは叶いませんでした。 陛下には強い封印もなされていたためです」
「ふういん……」
「女王陛下が自らの身を守るために張ったものです。 封印を解くには地、水、火、風の四つの元素が必要だったのですが、私の力ではどうにもならず、国の記録を調べたところ、人の子の力を借りるといい、とありました。 人の子は可能性が未知のものであり、大きな力を持っているためです。 それでちょうど人の世界に四つの元素の気配を感じ、こちらの世界に呼ぶ儀式をおこなったのですが…」
四つの元素といいつつ、城にいるのは美玲と市原の二人だけである。
「儀式の途中で邪魔が入ったようで、城に呼べたのはナイト様お一人。 ミレイ様はベルナール隊が発見してくださいましたが、後のお二方は以前わからず…」
トルトは申し訳ないと頭をさげる。
「てことは、やっぱりかれんと志田もどこかにいるかもしれないんだ……」
四つの元素といい、近くにいた市原と美玲だけが呼ばれたとは考えにくい。
かれんと志田もこの国に呼ばれていると考えるのが普通だろう。
「引き続き、残りのお二方は捜索隊に探させますので、ご心配なさらず……」
それに、とトルトは言葉を続ける。
「私ができるのは、あなたがたをここに呼ぶことだけで精一杯でした。 帰るためには女王様のお力がどうしても必要なのです」
「ちょっとまって、あたしたち、家に帰れないの?」
家に帰れないなんて初めてのことだ。
家に帰れなければ、大好きなお母さんが作った卵焼きやコロッケ、茶碗蒸しも食べられない。信じられない、いや、信じたくなかった。
「やだよ……おうち、帰りたい……」
ぼそりと呟いた美玲は泣きたい気持ちだった。
「どっちにしろ、俺たちは女王様を助けなきゃいけないわけだ」
市原の言葉にトルトが頷くと、彼女の髪飾りがしゃらりと音を立てた。
「まずは女王陛下をシラギリの森からここへ連れ戻さねばなりません。 いつまでも敵の巣に置いておくことは女王陛下の身も危険です。 それにいつまで封印がもつかわかりませんし……」
「俺たちにもそこに行けってこと?」
市原とトルトがなにかを話しているが、美玲の耳には入らない。
かれんと志田がもし見つからなかったら、美玲たちは帰れない。
もし二人が見つからないまま帰れることになったとしても、もしかしたら志田とかれんかもしれないその二人を置いて帰るのは気がひける。
「でも、いまの俺たちは何の力もない。俺と永倉のもつ二つの元素があるとしても、四つ揃わないと封印を解くことはできないんだろ? 」
「あなたがたの身のうちに眠る力はすぐに目覚めるでしょう。さあ、これを……」
トルトが杖の先端に付いた水晶玉を市原に触れさせる。
「ナイト様の元素は風、ですね」
水晶の中に白い風が渦を巻いているのが見えた。
「ミレイ様は……」
今度は美玲に触れた。 すると、水晶の中にラムネを開けたときのような小さな泡が浮かんだ。
「水、ですね」
二人はまじまじと自分の体を見つめた。自分の身のうちに水や風の力があるなんて想像できない。
「今は小さな力ですが、目覚めればもっと大きな力になるでしょう」
「そんなこと言ったってなぁ……」
「あたしは行くよ」
「永倉」
「もしかしたら、かれんたちのことが、何かわかるかもしれない……」
城でじっとしているより、何かをしていた方が気がまぎれるし、積極的に動けば家に早く帰れるかもしれない。
「そっか、そうだよな。 わかった、行こう」
そう言うと、渋い顔をしていた市原も決心がついたようだった。
「では、お力を貸していただけるのですね」
トルトの問いに二人は頷いた。
彼女はふわりと微笑み、壇上に戻り、持っていた黒い杖をタン、と床に突き、先端に付いた鈴を鳴らした。
シャン、と音が響く。
「女王陛下不在の折は、このトルトが代行して命を与えます。 四元騎士団各部隊からそれぞれ二十名の精鋭をだし、二日後、ナイト様、ミレイ様とともにシラギリの森へ向かいなさい」
トルトの柔らかいながらも鋭い声に、おう、と野太い声が響いた。
二人が驚いて振り返るとそこにはいつ集まったのか、鎧を着た妖精たちがズラリと並んでいた。
彼らがが四元騎士団なのだろう。
左から赤、青、緑、黄の順に並び、それぞれの一番前に立っている妖精はベルナールがつけていたような飾り付きの兜をかぶっている。
ベルナールが隊長だということから、それをかぶっているのが各部隊の隊長だろうと考えられた。
その中にベルナールの姿を見つけた。美玲の視線に気づいたのか、ベルナールが小さく手を振ったのに気付き、おもわず笑ってしまった。
彼の部隊にいると言っていたフレイズもどこかにいるのだろうか。
そう思い探してみたが、同じような格好の妖精ばかりで見つけられなかった。
少し残念だが、しかたない。
一方、市原は突然現れた騎士たちに興奮しっぱなしだった。
「すげー! かっこいい!! 」
「各隊、早急に準備に取り掛かりなさい」
とトルトの声に彼らが敬礼をして応えた次の瞬間には、もうすでに彼らの姿はかき消えていた。
「き、きえた……? 」
「あなたたちの世界とは勝手が違うと思いますが、すぐになれますよ」
驚く二人にトルトは微笑んだ。