二人のご縁
美玲が連れてこられたのは、見覚えのある松の大木が立つなだらかな丘だった。
ようやく降ろされたが、ひざのあたりまで伸びた草がくすぐったくて、そこを隠すように上着の前を合わせた。
「この木は……?」
見上げると両手を広げても届かないくらい太い幹に、つやつやとした細い葉が茂っている。
「うん、ミレイはこの木に見覚えがあると思うんだけど……」
言われてまじまじと木を眺めた。場所は知らないが、フレイズが言う通り、この木には見覚えがあった。
じっとみて、どこで見たものだったかと記憶をたどっていく。今いる丘は視界から消して、松の木にだけ集中してある場所を思い出した。
「あっ!ゾウ公園の木だ!でも、どうしてここに?」
ようやく思い出したゾウ公園とは、美玲が妹を連れてよく遊びにいく近所の公園で、象のすべり台があることからそう呼ばれている。
そして夏休みの今は、美玲の住む町内のラジオ体操をする場所でもある。
美玲はそばにいると何故か癒されるこの松がお気に入りで、公園に行った時は必ず松のそばで遊び、夏休みの今はラジオ体操に行った時もこの松のそばでいつもやっている。
でもこの丘はゾウ公園ではない。周りに遊具も何もないただの丘だ。
「ここは人の世界にある植物たちの妖精が住む世界だからね。こっちの植物とあっちの植物は繋がっているんだ」
美玲たちが来た時のように、特別な方法がなければ二つの世界を行き来できないけれど見ることはできるのだとフレイズは言った。
「じゃあこの松の妖精もどこかにいるってこと?」
美玲の問いにフレイズが頷いたのをみて、美玲は嬉しくなって辺りを見回した。
「どこにいるの?会ってみたいなー!あ、でも夜だからもう寝ているかな?」
ハッとして慌てて口を押さえた美玲に、フレイズはこっそりと内緒話をするように腰をかがめて美玲の耳元に顔を近づけた。
「実はね、この木の妖精は俺なんだ」
「え?」
「俺はこの木から生まれた妖精なんだよ」
囁かれた言葉に驚いて見上げると、今度ははっきりとした言葉で伝えられた。
思いもよらない告白に、美玲はフレイズと馴染みの松を交互に眺めた。
「えーーーーっ?!」
そういえば前にフレイズは松の妖精だと言っていたのを思い出した。
でもまさか自分の身近な松の妖精だとは思わなかったので、美玲はとても驚いた。
フレイズはそんな美玲を見てクスと笑うと、松に近づいてその太い幹に触れた。
すると、驚いたことに松が返事をするようにほんのりと黄色く輝いたのだ。
「ミレイはいつもこの木の近くに来てくれていたよね。ほかの人は松ぼっくりがない時はあまり来てくれなかったけど、ミレイはいつも来てくれた。とても嬉しかったんだ。……寂しかったから」
ゾウ公園には他にもイチョウやハナミズキなどの木が植えられているが、この松だけはその木々から離れた場所に植えられていた。
ほかの木の近くには遊具やベンチなど休む場所が置いてあるのだが、松の木の近くには何もなかった。
だから松ぼっくりの時期以外に人が近くにいることはあまりなくて、松の木のふもとは美玲の秘密基地のような存在なのだ。
「だから今回召喚される子どもたちの中にミレイがいるってわかって、俺が絶対見つけようと思った」
「じゃあ初めて会った時、あたしの名前を知っていたのは……」
「そう。昔から君を知っていたからだよ」
夜風が吹き、背の高い草がまるで波のようになびき、ざわめきのような音を立てた。
「俺ね、こんな風にミレイと話をしてみたいってずっと思っていたんだ。それが今、できている。とても嬉しい」
「あ、あたしも嬉しいよ。まさかこの松と話せるなんてびっくりだもん!もっと早く言ってくれれば良かったのに〜」
「ごめんね。でも俺はね、そばで君を守れたらそれで良かったから、言わないでおこうと思ったんだ……まぁ言っちゃったけど」
明日、美玲はかれん達と力を合わせて女王を目覚めさせ、元の世界に帰るのだ。やっと教えてもらったのにまたすぐ会えなくなってしまうなんて寂しすぎる。
帰りたくない気持ちが美玲の中でだんだんと大きくなってきているが、妖精の国に来てからどれくらいの時間が経ったのかもうわからない。
きっと学校からの帰りに美玲たち四人が行方不明になっていると元の世界は大騒ぎになっているだろう。
直前に四人にお説教をした担任の里山は早く下校させなかった自分の責任だと感じているかもしれない。
早く帰って家族や皆を安心させたいと思う一方で、この世界で知り合った妖精たちと別れるのは寂しかった。
「大丈夫だよ。他のみんなにもいつでも会える」
「フレイズ……」
「たとえ今みたいに話すことが出来なくなったり、見えなくなったとしても君が忘れなければ、俺は消えないから」
フレイズは美玲の頰に手を添え、微笑んだ。美玲はその手の上に手を重ね、込み上げてくる涙をこらえた。
「忘れないよ!忘れない。絶対に。それから、天気のいい時は公園にも行くよ!」
「うん……ありがとう」
だがこらえきれずに涙がこぼれた。フレイズの目も少しうるんでいるように見えて、なぜか結局二人して泣いてしまったのがおかしくて、美玲とフレイズ は笑いだしてしまった。
「そうだ、ミレイ、これを受け取ってくれるかい?」
ようやく二人の笑い声がおさまったころ、フレイズが取り出したのは透き通る緑のさざれ石が連なったブレスレットだった。
「ネフティさんみたいに上手く作れなくて恥ずかしいんだけど……」
「わぁ、すごく、すごくきれいだね……!」
「俺の髪飾りについている風精霊石と同じ石で作ったんだ。ミレイ、君につけてもいいかな?」
「え?つけてくれるの?」
フレイズは頷くと美玲の左手を取り、ブレスレットをつけてくれた。
なんだか大人になったような気分になって、少しくすぐったく、照れくさかった。
金具を留めてくれたフレイズの手が離れると、美玲は夜空に透かすようにしてブレスレットが飾られた腕をながめた。
深い紺色の空が石の緑を映えさせて、まるで星の一つ一つを繋げたみたいにきらめいている。
「ありがとう……!絶対、ぜったい大切にするよ!」
美玲の言葉にフレイズも嬉しそうに頷いてくれた。
「じゃあそろそろ、帰ろうか」
「うん」
美玲は差し伸べられたフレイズの大きな手に自分の手を重ねた。
そして抱き上げられた美玲が自分の肩に手を回したのを確認して、フレイズは羽を羽ばたかせて飛び立ち、二人は松の木が立つ丘を後にした。