ランデブー
窓から入る涼やかな夜風が、白のレースカーテンをはためかせている。
美玲は水色の上着を羽織るとバルコニーに出た。夜風が優しく吹いて上着の裾がはためいた。
明日、美玲たちは城の地下にある光柱の間で女王を目覚めさせる儀式を行うのだ。
ついに元の世界に帰ることができる。そう思うと落ち着かず、眠らなければいけないのにどうしても眠れなかった。
それにジャニファに奪われたままの記憶の書のことも心配だった。
トルトは大丈夫だと言ってくれたが、せっかく取り戻したのに自分が手放したせいでまた奪われてしまったという罪悪感に胸が締め付けられるように辛かった。
空を見上げると、元の世界ではあまり見ることができないくらいの沢山の星々が瞬いている。
まるで宝石箱の中にいるようで、星々のその輝きは美玲の心を慰めるかのように美しく、思わず一筋の涙がこぼれた。
「ミレイ!」
ふと、フレイズの声がして慌てて涙を拭って辺りを見渡すと、城が浮いている池の置石の上にフレイズがいた。
彼は手を振ると、「そっちに行ってもいいか」と身振りで尋ねてきたので、鼻をすすってもう一度顔を拭ってから頷いた。
フレイズはバルコニーまで飛んで来ると、なぜか着地をせずに飛んだままでいた。
「どうしたの?」
「ちょっと一緒に飛ばない?」
「え?飛ぶ?」
「美玲に伝えたいことがあるんだ」
柔らかな笑みを浮かべて、しかし真剣な眼差しでじっと見つめて来るフレイズに美玲は頷くしかなかった。
「あ、ちょっとまって、それなら水皇を呼ばないと……」
美玲は妖精ではないので水皇の力を借りなければ空を飛べない。
サイドテーブルに置いておいた武器を取ろうと、部屋に引き返そうとした美玲の手をフレイズが掴み、引き止めた。
「俺が連れていくから大丈夫だよ」
そう言うやいなや、バルコニーに降り立ち、美玲を抱き上げると再び空へと飛び立った。
「ちょっと、待っ……っ?!」
みるみるバルコニーが遠ざかっていく。視界の端には夜風に舞う上着の裾が見える。
「ちゃんとつかまっていてね」
突然のことであたふたしているところにそう言われて、美玲は慌ててフレイズの首に手を回し、落ちないようにしがみついた。
「うーん……ちょっと、苦しいかな……」
「あっ、ごめんなさい……っ!」
苦しそうな声に美玲は慌てて腕の力を抜いた。
「ありがとう」
至近距離で微笑まれ、頰が熱くなる。
久しぶりに間近で見るフレイズの整った顔。金の髪に、深い緑色の瞳。元の世界では馴染みのない彼の容姿だが、初めて会った時から懐かしく、そばにいると不思議と安心感があった。
そういえば初めて草原の中で出会った後も、こんな風に飛んでくれたな、と少し懐かしくなった。
もっとも、あの時はアイーグから逃げるのに精一杯で、お姫様抱っこではなく小脇に抱えられていたし、足にはアイーグがひっついたりしていて、今みたいにフレイズの顔や辺りの景色を見回す余裕なんてなかったが。
「ねえ、どこにいくの?」
「うん?そうだね……まぁ、すぐ着くから、楽しみにしていて」
フレイズは美玲の質問に言葉を濁して羽を動かし続けている。その顔はにこやかだが、まっすぐ前を向いたままで美玲の方を見ようともしない。
安全のために仕方がないのだろうが、ほんの少し退屈だなと思いながらも、バルコニーから眺めていた時よりも近い星空を楽しむことにした。